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2005年11月25日 (金)

わかめ酒の季節

 寒くなってきて、時には「熱燗でキューッとやりたい」と思う機会が増えてきた。
 ところが最近は、お店で熱燗を頼むといい顔をされないことが多い。特に銘酒を置いていると自慢する店ほどその傾向が強い。
 最近の日本酒はかつてのように燗をして呑む性質の酒では無くなってきたからだ。逆にキリリと冷して呑むほうがおいしい。だから「熱燗で」などと頼むと「酒を知らないやつ」とバカにされかねない。
 日本酒の通という人に聞くと「昔は酒のなかに不純な成分が多く入っていたから、熱を加えてそれらの成分を揮発させたほうがよかった。今はそんな必要がない。かえって味をそこねる」と言う。
 それでも体が冷えきっている時は、キリリと冷えた酒なんてイヤだ。そう言ったら「ぬる燗にしなさい。それこそ人肌ぐらいに」とアドバイスされた。
 人肌というと三十六度ぐらい。それぐらいの熱さなら香りもたち、味も損なわれないのだという。
「だったらわかめ酒が一番だね」と言ったら、その通の人は「うーむ、それこそ不純物が混じるからなあ」と難しい顔をしていたけど。
 最近は「わかめ酒」などと言っても知らない人が多いかな。若い人はビールやワイン、焼酎のほうに走って、日本酒はあまり呑まれないからねえ。
 これは花柳界(これも死語か)華やかし頃に、芸者遊びの一環として生まれた、遊戯としての酒の飲み方なんだろうと思う。
 女性が全裸になって横たわり、腿と腿をぴったり着ける。そうやってできた股の部分の凹みにお酒を注ぐ。黒々としたヘアーがお酒の底でユラユラ揺れて見えるのを海底のわかめにたとえたので「わかめ酒」。もちろん呑む人は下腹部へ直接口をもってゆきチュウチュウとすするわけだ。うーん、何と優雅で楽しいお酒の飲み方だろうか。
 エッチなことが好きな、かなりヘンタイ度の高い大人が何人かで酒を呑みながら「たまにはわかめ酒を呑みたいものだ」などと言いあっていたら、好色なことでは人後に落ちない人物が憮然として「おれは嫌いだ」と言う。どうしてかと思ったら、彼は剃毛マニアで、女性の下腹部は常にツルツルでないと気がすまない性分なのだった。
 ということは、彼の場合は「かわらけ酒」ということになるのだろうか。おっと「かわらけ」も通じなくなってきた言葉だなあ。

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2005年11月18日 (金)

クリトリス発見

 最近の小説界は時代ものがブームだ。
 官能ポルノの世界でも時代ものが売れているそうで、ぼくなんかにも「時代もので書きませんか」という誘いを受ける。
 子供の頃から吉川英治の時代小説を読みふけっていた。読むのは大好きだ。しかし書くとなると二の足を踏んでしまう。
 時代考証というのが、とても難しいと思うからだ。そんなに厳密にやる必要は無いと思っても、たとえば江戸時代、会話では「……です」という言い方をしなかった、と知ると、それだけでもびびってしまう。何を書いても間違ったことを書いてしまいそうだ。
 先輩の皆さんが一生懸命、いろいろ調べて真剣に書いているところに、無知なぼくが踏み込んでは申し訳ないではないか。
 では近代ならいいか、というと、これだって難しい。「関東大震災のニュースをラジオで知った誰それは、急ぎ、汽車で東京へ向かった」などと書いたら大間違い。関東大震災の頃、ラジオはまだ実用化されていなかった。過去を舞台にしてキチンとした小説を書かれている作家を本当に尊敬してしまう。
 ところで、文芸評論家のKさんのエッセイを読んでいたら「洋の東西を問わず、人々がクリトリスを知ったのは二十世紀になってからである」と書かれているではないか。思わず「そんなバカなー」と叫んでしまったね。クリトリスは「さね」「おまめ」などと呼ばれ、日本人は昔からそこをいじくってきたのではなかったか。
 しかしK氏によれば、江戸時代のポルノ文献や浮世絵を見ても、クリトリスは描写されていないし性感帯としても記されていないというのだ。
 西欧のポルノにしても、かのカザノヴァやドンファンら、希代の色事師やプレイボーイたちの記録にも、クリトリスは現われてこない。クリトリスの存在がハッキリ描かれるのは、なんと第二次大戦後になってからだという。つまりポルノに限らず性愛の世界では今から六、七十年以前、クリトリスというものは存在しなかったことになる。
 それ以来、ぼくも気をつけて昔の浮世絵やポルノ文学を読んでいるのだが、たとえば精密な女性器の図版でも、膣内のヒダはハッキリ描かれているのにクリトリスがどこにも見当たらないのは確かだ。
「いや、そんなことはない」と反証を挙げられるかたは、ぜひ教えてください。

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2005年11月11日 (金)

出し入れが問題

 官能小説評論家の永田守弘さんが編集した『官能小説用語表現辞典』(マガジンハウス)という本がある。これを開くと昨今の官能ポルノ小説に用いられた特殊な表現が、山のように収録されている。
 特に多いのは女性器や女体の表現で、千件以上、全体の3分の2を占めているのには、この分野のプロであるぼくも驚かされる。つまり文章で女体を表現する仕方は、官能ポルノの場合、それだけ豊かだということだ。
 たとえば女性器そのものを表現するのに「女のアノ部分」とすませてしまう場合もあるし、「羞恥の源泉」と抽象的に描くか「濡れ羽色の恥毛に飾られた鮭肉色のビラつき」というふうに具体的に書き表わす場合もある。どういう言葉を選び、表現の仕方をとるかでそれぞれの作家の個性がきわだってくる。読者にとってはその多彩な表現が、官能ポルノを読む楽しむ要素になっている。
 こういった用語の多くは、辞書に載っていない。作家が知恵を絞って作りあげた造語が多いせいもあるが、他の分野ではめったに使われない言葉や、あからさますぎると思われる言葉は退けられてしまうのだ。誰もが耳にし口にする「おまんこ」でさえ代表的な国語辞書のほとんどが載せていない。日本語を勉強する外国人がこの言葉を辞書でひいても、理解できないわけだ。理不尽だよね。
 そういう特殊な用語のひとつに「抽送」というのがある。「ちゅうそう」と読み、男性器を女性器のなかで前後に動かす動作をいう。まあ「ピストン運動」だ。
 この「抽送」は、ぼくもよく使うのだけれど、ときどき「それは間違っていますよ」と指摘されることがある。
 ネットのなかにポルノ用語を説明したホームページがあり、その中に「『抽迭』(ちゅうてつ)という語を『抽送』と書き誤ったものが広まってしまった」と書かれているので、それを信用した人が(お節介にも)言ってくるのだ。この前は有名作家W氏が作品のなかで「抽送」を使ったら、あるブログが「Wは作家のくせに言葉を知らない」と批判して、ちょっとした騒ぎになった。
 ぼくは「本当にそうなのか」と思って調べたことがある。中国語を話すかた何人かに聞いたら、誰もが「『抽迭』なんて言葉は見たことも聞いたこともない。意味が分からない」と答えた。では「抽送」はどうかと聞くと、とたんにニヤニヤする。「抽は引き抜く、送は入れる。要するに入れたり出したりすることで、何の問題もない」。何のことはない、そのネット辞書が誤っていたのだ。
 そういうわけだから「抽送は間違いだよ」なんてせせら笑う人がいたら「それは間違いだよ」と教えてやってください。

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2005年11月 4日 (金)

脳でイク女たち

「ナンパのための催眠術を教えている人がいるんですよ」と教えられて、「そ、そんなけしからんことを教えるとは何ごとだ」と言いつつ、内心は喜んで講習会のようなパーティのような集まりに参加したことがある。
 独学で術を会得したという催眠術師さんから、いかに巧みに女性と仲良くなれるか、いろいろな方法を教えてもらったのだが、それらのテクニックを駆使してぼくがすぐにナンパの達人になれるかというと、まったくそんなことはなくて、やはり最初から社交的でもの怖じしない、パフォーマンス的なことが好きな性格の人でないと催眠術ナンパは難しいということが分かっただけだった。世の中、そうおいしい話は無いのである。
 ただ、その場で見せられて、ひどく驚かされたパフォーマンスがある。
 実験台の女性を催眠状態にしておいて、彼女に握りこぶしを作らせる。そうすると親指と人差し指の間に穴ができる。その穴の部分に触れて「これがあなたのお××こなんですよ。ここを刺激されると気持ちよくなってイッてしまいます」と暗示をかけるのだ。
 術を解かれたあとの女性は、別の暗示によって、言われたことはすべて忘れている。ただ深層意識は覚えているのだ。
 しばらくして、平常の意識に戻っている彼女に催眠術師が「ちょっと握りこぶしを作ってごらん」と命じて、その穴の部分に自分の人差し指をあてがった。あたかもペニスを挿入するかのように指を動かされると、なんと彼女は「あ、あッ、ああー」といきなり感じだして、あれよあれよと言う間にイッてしまったのである。
 つまり暗示によって彼女の性器は握りこぶしに移動してしまったのだ。いや、握りこぶしにも性感帯ができたということか。
 ということは、女性の体のなかでは必ずしも性器や、すでに知られている性感帯でなくても、オルガスムスを得られるようになっているということだ。脳が「ここが感じる」と思いこんでしまえば、おでこだろうが鼻の先だろうが、刺激されればイッてしまうことになる。実際、小鼻とか指の股とか妙なところを刺激されるとイッてしまう女性は数多くいる。
 結局、女性は頭の中で考えただけでイクように作られているということなのだろう。
「この術を利用すれば不感症の女でもイクのでは」と思ったけれど、「その場合はまずイクことを覚えさせるのが先決」と言われてしまった。なるほど、イクということがどういうことか分からない女性に「イケ」と命令しても無理なのである。

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