« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月26日 (金)

失業ラブドールの行方

『お人形さん風俗』というタイトルで、この欄でラブドール風俗を紹介したのは半年ぐらい前のこと。
 性器の部分まで精巧に作られた性交用美少女人形が、本来対象にしていた購買層を越えて人気が広がり、そういう性向がなかった男性たちの興味をそそって、売り上げが急上昇し販売元は大成功した。
 ただし値段が高いのでおいそれと買うわけにはゆかない。そこで登場したのがラブドール風俗なんである。
 店舗型とデリバリー型の二つがあって、店舗型はマンションなどの一室にラブドールが置かれていて、案内された客が彼女(?)を相手に楽しめるというシステム。無店舗型は電話一本でラブドールが希望の場所まで運んでもらえ、終ったらまた回収しに来てくれるデリバリーシステム。
 一時は、このラブドール風俗が雨後のタケノコのように乱立したけれど、ここに来て廃業する業者が続出しているという。知り合いの風俗店経営者も「店舗型とデリと両方やってたけど、撤退しました」と言うので、理由を聞いてみた。
「五月から改正された風営法の影響が大きいんです。これまでは規制されていなかったラブドール風俗も風営法の対象になったので、店舗型、無店舗型、どちらも警察に届けなければいけなくなったのですが、店舗型は近くに学校、病院、公園があればダメなので事実上、市街地では営業できなくなりました。無店舗型は届けを出せばやれないことは無いんですが、重量が四十キロ近くあって、しかも非常にかさばる。運ぶのが大変で保管も大変。利益も思ったほどではないので見切りをつけました」
 そんなこんなで、あれほど増えたラブドール風俗も今や衰退の一路。となると業者が買い求めたラブドールたちもご用ずみとなるわけだ。つまり全国的に大量のラブドールが失業して路頭に迷っていることになる。
 試しにネット上の中古市場を検索してみると、なるほど撤退した業者が放出したらしいラブドールが半値程度で売りに出されている。一時はあれだけもてはやされたのに、再就職先を探しているとは……、なにか可哀想になるじゃないか。
 でも純粋なラブドールファンにとっては、風俗で稼ぐような生き方(?)はやっぱり邪道だろう。「ラブドールはひとりのご主人さまに仕えるべき。これでいいのだ」と歓迎しているのではないだろうか。

(画像は参考画像。本文とは関係ありません)
Lovedall1

| | コメント (3)

2006年5月20日 (土)

ガーターベルト問題

 男性はたいていガーターベルトを着けた女性が好きだ。おしゃれなエッチを演出するモノとして、雑誌のグラビアヌードには欠かせないアイテムになっている。
 ネット上で女装愛好者が自分の艶姿を自慢する投稿掲示板を見ると、そこに登場する女装子(じょそこ)さんたちはほとんどがガーターベルトを着けている。「女らしさ」を強調させる最高の下着というわけだ。
 しかし現実の世界では、女性たちはガーターベルトなんか持っていない。持ってる率はスリップ以下だろう。パンストより着用に手間がかかり、いつもたるみに気をつけていなければならない腿までのストッキングを吊る気にならないのは当たりまえだ。
 少し前までガーターベルトなんてなかなか手に入れられなかった。よほどの大都会のおしゃれな下着店でもなければ置いていなかったのである。
 インターネット通販が普及すると、ガーターベルトのような品物でも簡単に手に入るようになった。「男がそんなに好きなら、着けてみてもいいか」と思う女性も増えてきたのか、セルフ・ヌードのサイトでもガーターベルトを着けたヌードを見ることが多くなった。
 それ自体は昔からのガーターベルトファンであるぼくにとっても喜ぶべきことなんだけれど、問題が一つある。
 パンティの上からガーターベルトを着けて、それからストッキングを吊ってしまう。これは間違いなんである。
「えーッ、どうしてえ? カタログなんかは必ずそうなっているよ」と怒る女性もいるだろう。そのとおり、ランジェリーのカタログではガーターベルトの紐(サスペンダーという)はたいていパンティの上になっている。
 あれは、実はガーターベルトをよく見せるためにそうしているので、着用見本ではないのだ。本来はまず真っ裸の状態でガーターベルトを着け、ストッキングを履いて、それからパンティを着ける——というのが正しい順序。そうすることでトイレで脱ぐ時も問題は起きない。
 もしキミの彼女がガーターベルトをパンティの上から着けていたら、間違いを正してやってほしい。もっとも紐パンのように極端に小さく薄いパンティの場合は、下に着けても許される。というか、そのほうが肌に違和感がないのだ。なにごとも例外というのはあるんである。

(画像は正しく着用したガーターベルト)
Girter_belt

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月12日 (金)

ヴィーナスの丘

 ヴィーナスの丘——と言われて「はあ?」と思う人がいるかもしれない。最近、あんまり聞かないからね。
 女性の下腹部、ヘアーに覆われた隆起した部分を優雅にそう呼ぶ。日本語で学術的に言えば恥丘、文学的に言えば陰阜(いんふ)、ポルノ的に言えば秘丘。ぼくは「悩ましく隆起した肉の丘」と書くこともある。「なんだ、土手かよ」と言われたら優雅もクソもないんだけれども。(笑)今のように性的なことをアケスケに書けない時代、ポルノ作家はこういう表現も必要だったのだ。
 ではなぜ、女性の下腹部のあの魅力的な隆起を「ヴィーナスの丘」と呼ぶのだろうか。
 これは「ミロのヴィーナス」に代表されるギリシャ・ローマ時代の彫刻、ヴィーナス像に由来している。それらのヴィーナス像に共通しているのが、ふっくらとした下腹部の隆起で、誰もが魅惑されてしまったから「ヴィーナスの丘」と称されるようになったんである。
 まあヴィーナスに限らず、恥丘が小高く隆起している女性は少なくない。これを「モリマン」と呼び、モリマンを特に愛好する男性は多い。
 ではなぜ恥丘が発達してモリマンになるのだろうか。恥丘の下には恥骨という骨があって、思春期になるとこの骨が発育してくる。同時に恥骨を覆う部分の皮下脂肪も増えてきて、小高い丘になるのだ。
 海水浴のシーズン、水着姿の女性をよく観察すると、幼女や少女は恥丘が目立たない。やがて乳房やヒップの発達に比例して恥丘が隆起して、出産を終えた女性はだんだん低くなってゆく。つまりモリマンは若い女性に一番多いということになる。
 だから「モリマン女は性感が豊富だ」という俗説が生じるのだが、医学的には証明されていないらしい。恥丘(恥骨)を圧迫すると感じる女性は多く、見た感じやぼくの経験から「低い女性よりは豊かかな」という気はするんだけどね。
 面白いことに、ヴィーナスの像は、早く言えば若い女性のヌードなわけだけど、他の部分は著しく写実的なのに、下腹部のヘアーはなぜか表現されていない。
 従来、芸術的な観点、あるいは当時のワイセツ観の問題から表現しなかったのだろうと思われていたが、ギリシャ・ローマ時代の女性は下のヘアーを剃るのが身だしなみだったらしい。剃毛という習慣がヴィーナスの丘という優雅な名前を生んだのだ。「へあーそうだったのか」なんて言わないでね。(笑)

(画像は参考まで(笑))Vinus_no_oka

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月 7日 (日)

女のセックス中毒(2)

 容姿になんの問題もなく、育った家庭環境も良好で、本人の知能程度も高く、学歴も高い。一点非の打ちどころのないそんな「お嬢さま」が風俗の世界に飛び込んでくる——そういう現象を見聞きすることが少なくない、と前回書いた。
 ぼく専門のSMの世界でも、現役の令嬢やセレブ風人妻といった、ふつうの世界では「高嶺の花」として足元にも近づけないような女性が、なぜかSMクラブのM女になっているのは珍しくない。「東電OL殺人事件」の被害者がよい例だが、どうしてそんな現象が多発するのだろうか。
 彼女たちに訊いてみると「男性とセックスしないと落ち着かず、イライラする」のだという。薬物中毒の患者がドラッグを切らしたのと似た禁断症状が現われるらしい。
 ではセックスするとオルガスムスを得られるかというと、これがそうでもない。たいてい「あまり感じない」とか「本当にイッたことはない」と答える。セックスしたがる女というとすぐ「淫乱症」という言葉が浮かぶが、そうではないんである。
 では金のためでも快感のためでもなく、彼女たちはなぜセックスしたがり、男漁りの手間がかからない風俗店にやってくるのだろうか。それも辱められるのが専門のSMクラブのM女にまでなって。
 こういう症状を「性依存」というが、その理由が研究によってだんだん分かってきた。
 性依存の女性たちには、実はもう一つの共通点があったのだ。それは「しつけに厳しい母親」の存在である。反対に、母親の過度な干渉を受けずにのびのびと育った女性は、こういったセックス中毒の症状を示すことは少ない。
 だんだん分かってきたことだが、「勉強ができるお行儀のいい子」でいるように厳しくしつけられた女性は、やがて無意識に「今の自分は本当の自分ではない」と思うようになるらしい。つまり母親にいいように作り上げられた「作品」だ。そこで母親に反抗するよう、わざと「作品」である自分を壊したり汚したりするような行動に走る。その一番効果的なのはセックスでぼろぼろに汚れること——。なるほど、そう説明されるとよく分かるね。
 問題は、彼女たちが真の理由を知らないで無意識にそういう行動に走っていることだ。
 子供をあまり厳しくしつけるとそういう反動が起きる、ということだが、しつけが緩すぎて犯罪の加害者や被害者になってしまう少年少女もいる。しつけというのは、まったく難しいものだ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »