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2006年7月28日 (金)

びしょ濡れの快楽

 季節にはその季節でしか味わえないエロティックな快楽がある。春先にこの欄で書いたように、春一番が吹く時期は「パンチラ」の楽しみがある。
 では夏のエロティックな快楽とは何だろうか。ぼくの場合、それは「びしょ濡れ」だ。
 梅雨の末期や台風が通過した時など、豪雨に襲われることがある。テレビのニュースではよく街頭で傘がオチョコになって役に立たず、頭から爪先まで濡れネズミになった人たちの映像が映し出される。どういうものかカメラマンは若い女性や女子高生を好んで映す。そのほうが「被害」が分かりやすいからだろう。「あー、あんなに濡れてしまってかわいそう」と思わせたいからかもしれないが、ぼくなんか逆に、濡れてる彼女たちの姿にズキンと感じてしまうのだ。
 白いブラウスやセーラー服は濡れると肌にぴったり貼りつき、下着までハッキリ見えてしまうほど透けてしまう。これが何とも言えずエロなんである。さらに、あわてふためいた姿がサディスティックな欲望をかき立てて、よけいムラムラする。困った男だ。(笑)
 ぼく自身はそういった「服を着たままびしょ濡れになった」女性を見るのは好きだけど、自分が濡れるのはあまり好きじゃない。しかし世の中、服を着たままびしょ濡れになることで性的に興奮する男女がいるのだ。
 そういう趣味を「WAM」(ワム)ともいう。ウエット・アンド・メッシーの略だ(ウエットは「濡れる」でメッシーは「まみれる」)。WAMマニアにとって、これからの台風来襲シーズンは待望の季節だろう。
 台風が襲ってくると、ふだんなら夜遅くでも人の目がある場所、たとえば公園や空き地や駐車場などは無人になる。そういう場所こそWAMマニアのパラダイスだ。
 彼ら彼女らは真夜中、わざわざ外に出て行き、服を着たまま思いっきり豪雨に打たれるのである。もちろん誰にも見られる恐れがないから全裸になったってOKだ。水たまりのなかをゴロゴロ転がって全身泥まみれになって恍惚とするマニアもいる。夏だから雨はさほど冷たくない。長時間楽しめる。
 ふだん彼らは自分の欲望を満たすため、我が家の浴室などでひっそり楽しんでいるのだが、豪雨の夜だけは豪快に思うぞんぶん、濡れまくる楽しみを味わえるわけだ。うーん、書いていてなんだか羨ましくなったぞ。

(画像はWAM専門『ふぇち工房』制作『びじょぬる食堂』のスチール)

  Bjonuru

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2006年7月21日 (金)

射精の快楽

 官能ポルノを書くためにいろいろ取材をしてきて分かったことは、男も女も“感じ方“は千差万別、人それぞれにずいぶん違うということだ。
 このことは女性についてはわりと早く分かることだが、男性についてはなかなか分からなかったものだ。つまり男は、自分の肉体の感じ方がスタンダードだと、つい思ってしまう。
 たとえばオナニーの仕方ひとつでもずいぶんやり方が違う。イク時も「おーッ」と叫んだり唸ったりする男もいれば、顔色ひとつ変えず淡々と洩らして終りという男もいる。
 この射精の時の感じ方でセックスにのめりこむ男とそうでない男の差がつくのだと思う。射精してもあまり感じない男は早くに女とかセックスに興味を失ない、他のことに関心を向ける。
 何か一つのことに没頭して一生を捧げるような学究的な人物は、どうもセックスであまり快感を感じられない体質なので、子供を作ってしまうとはやばやとセックスに無関心になり、ふつうの人間よりもムダに時間を浪費しないのではないか、という気がする。
 ぼくなんかはそれと反対で、セックスにしろオナニーにしろ楽しくてたまらないからその快楽を追求するのに忙しくて、ふり返ってみるとずいぶん時間を浪費してしまった。まあ、それを後悔するというわけでもなく、セックス、特にSMの快楽を追い求めなかったほうが死ぬ時に後悔するだろうと思う。
 女性の場合、性感が豊かだとそれこそ失神することもある。ある夫婦と知りあったのだが「妻のほうがすぐ失神してしまうので、二度三度と長い時間、セックスが楽しめないのです」と夫が嘆いていた。イキやすいからいいというものではないのだ。
 男性で失神するやつはいないだろうと思うが、記録を調べると射精すると同時に気が遠くなり、長いこと意識が薄れたままでいる男性もいる。ぼくも本当に気持ちよくイク時があって、そういう時はなんだか体が溶けて蒸発したのではないかという、ふわふわした心地よさに浸る場合があったが、失神するほどの快楽は未だ味わったことがない。
 男はセックスに没頭しすぎて外敵に襲われるのを恐れて、すぐに陶酔が冷める体質になっている、などと説明されているが、今は原始時代と違うのだから、男も失神するほどのオルガスムスを味わってもいいんじゃないかと思う。そのうち進化してそうなるのだろうか、それとももうみんなそうなっているのだろうか。男たちの感じ方をもっと調べなきゃいけないね。

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2006年7月14日 (金)

究極のオンラインセックス

 技術の進歩は新しいセックスのやり方をもたらす。最近はライブチャットというのが人気だ。
 パソコンにつけるカメラも安くなり、光ケーブルなどの導入で大量のデータを早く送れるようになった。それを応用したのがライブチャットで、客が特定のサイトにアクセスしてカタログから選ぶと、自宅で待機していた女の子のパソコンに繋がり、向こうからリアルタイムで彼女の映像と音声が伝えられてくる。こちらからのメッセージはキーボードから文字で行なう。
 画像はカラーで鮮明だし、昔のテレビ電話のようにギクシャクしてない。声だけのチャットでは味わえない視覚的な快楽をたっぷり味わえる。こちらが特に機材を用意する必要もない。
 女の子にしても安全に自宅でも暇な時間を利用できる。そんなこんなでライブチャットで稼ぐ女の子が急増している。
 それはいいけれど、男としてはやはり物足りない部分はある。画面に映る女の子のエロティックな姿を見て自分の手で刺激するのだけれど、その感覚をもっとリアルに感じられないだろうか。
 そこでぼくが考えたのが究極のライブチャットグッズ。女の子の側にはペニスの形をしたセンサーを接続し、客の側には女のあそこの形をしたセンサーを接続する。まあ形態は「バイブ」と「オナニーホール」みたいなものやね。
 違っているのは女の子が与えた刺激がデータ化されて男がハメているセンサーに伝わるということ。つまり舌で舐めるとか揉むとか締めつけるとか、そういう動きが伝わってくるわけだ。もちろん双方向で、こっちの動きも向こうに伝わる。こちらでピストン運動すると向こうはそうされているふうに感じるわけだ。すごいだろう。(笑)
 こういうグッズが出来たら、男も女も限りなく安全で無害なセックスが楽しめるはずだ。遠距離恋愛のカップルも愛を交わせる。早く誰かが開発してくれないものか。無理かなあ。

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2006年7月 7日 (金)

オークションの快楽

 ネットでのオークションにハマってる人が多い。ぼくもその一人だ。
 オークションというのはつまり「セリ」だ。こういう売買方式というのは、生鮮食品の市場ぐらいでしか行われていなかったから、一般の人々はめったに体験することがなかった。しかしネットでオークションサイトが開かれると、たちまち人気を集めて、今では何百万という人たちが参加して活発な売り買いをやっている。
 ぼくのSM関係の知人は、女性が着ている服をビリビリ引き裂いて裸にしてゆくのが好きという趣味の持主だが、一回ごとにちゃんとした洋服をダメにしてゆくのだから金がかかるのが悩みだった。
 しかしネットでオークションが始まると、あらゆる種類の衣服が安く手に入れられる。今ではウエディングドレスだろうがパーティドレスだろうが、心おきなく引き裂いて楽しんでいる。
 ぼくもSMに関係した資料が出品されているのを見つけてはオークションに参加している。これって最後の最後までどうなるか分からないから、本当に欲しいものを落したい時はドキドキしてしまう。
 その一方で不要になったモノを出品することもある。そういう場合は最低価格は適正だったか、セリにかけたものの応じてくれる人がいるものか、不安でドキドキしてしまう。誰か欲しいという人が現われるとホッとするし、競り合いになって落札価格がどんどん上がってゆくと嬉しい。
 モノを競り落したり、競り合わせて高値で売ったりするのがこれだけ楽しいのだから、もし人間を売り買いしたらどうだろうか? SM系ポルノ作家としては、作品のなかではいろいろ書いてきたけれど、やっぱり実地に体験してみたいものである。
 人間をモノとして扱う、モノのように扱われる、そのことに刺激と興奮を味わうのがSMの極致だから、奴隷オークションはサディストやマゾヒストの最高の快楽のはずだ。ネットではなく、実際に女奴隷を壇上に引き出しての「女体セリ」というのが行われた話はぼくも耳にしているのだが、残念ながらこの目で見たことはない。
 しかし、たとえ実地に参加できたとしてもいったいどれだけの金がかかるものか。貧乏作家の身では資金がまず問題だ。奴隷オークションに参加して楽しむなど夢また夢、トホホの話なんである。

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