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2007年11月23日 (金)

超デブ女の快楽

「アバラ骨が浮き出ているようなガリガリに痩せた女」と「ムチムチブヨブヨ、相撲取りのように肉がついたデブ女」との究極の選択を迫られたら、諸君はどちらを選ぶだろうか。
 ぼくは絶対に太ったほうだ。もともと豊満なタイプの熟女が好きだからね。とはいえ、好んででっぷりデブの女性を抱こうという気にはなれない。ポチャポチャクラスまでだ。
 ところが世の中には「デブであればあるほど萌え〜」という「デブ女フェチ」の男性が少なからずいる。彼らのほとんどが「百キロ以上が理想」というからすさまじい。ところが日本では、どんなに太っても百キロを越す「大物」はめったにいない。
 これがアメリカになると、デブのスケールが違ってくる。百五十キロを越す重量級は珍しくない。なかには自分ひとりでは立つことも出来ない怪獣的デブがいくらもいる。食べ物も高カロリーだが、そもそも白人はわれわれ日本人とは体の出来が違うのかもしれない。
 それに、アメリカはデブ女フェチの男が多いようだ。最近知った言葉だが「BBW」(ビッグ・ビューティフル・ウーマン)というのがある。これをキーワードに検索してみると、デブ女専門のヌード雑誌がいっぱい刊行されていることが分かる。
 それらの雑誌には、カバか象かと思うような超デブ女たちが色っぽい下着姿や全裸で悩殺的なポーズをとってフェチ男を誘っている。まあ、ふつーの趣味の人間が見たら、頭がクラクラしてしまうだろうから、あまりお勧めはしない。
 こういったデブ女フェチ男たちの多くはマゾなんだろうと思う。彼らが好むのはフェイス・シッティング、いわゆる「ガンキ」で、顔の上に彼女たちの巨大なお尻を載せてもらうこと。何せ平均百五十キロクラスの体重だからね、本気で押し潰されたら窒息する前に首の骨が折れて即死だ。いやはや、命がけの趣味である。
 そういう雑誌を見て思うのは、賛美者がいっぱいいるから、デブ女たちも安心して好きなだけ太れるという事実だ。しかし若くて魅力があるうちはいいけれど、色香が失せてシワシワブヨブヨになったらどうなるんだろう? 人一倍食べなきゃ痩せてしまうわけだし、太り続ければ当然ながら健康も損なうだろう。アメリカの超デブ女たちの存在には謎が多い。

(画像は某BBWマガジンのグラビアから。このニコルちゃん(29)で150キロです。

Bbw_magazine3

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2007年11月17日 (土)

風俗資料館

 先日、ある方の作品展を観に、久しぶりに飯田橋にある『風俗資料館』を訪ねた。
 ここは、知る人ぞ知る、実にユニークな私立図書館だ。
 収蔵しているのは主にSMに関する雑誌、文献、資料。戦後の日本で刊行されたSM雑誌はほぼすべてのバックナンバーが揃っている。SMマニアにはもちろん、雑誌編集者や性風俗研究家などにとっては「宝庫」と言っていい。
 ぼくが最初に訪ねた頃は神楽坂にあった。ぼく自身が持っていない自分の初期作品が見つからないかと思って探索に行ったのだが、ちゃんとその頃の70年代のSM雑誌が保管されていて感心したものだ。
 何年ぶりかで再訪したら館長さんは美人の女性になっていた。収蔵されている資料もよくデータベース化されていて、これだと誰の作品でも探すのは簡単だ。まったくありがたいことである。
 館長さんと話していて驚いたのは、個人の持っていたアルバムやスクラップブックのコレクションも多数、収められていたことだ。
 たとえば女性の切腹だとかオムツとか、非常にマイナーなフェチの人は、一般書やふつうの雑誌、新聞のなかに関係のある記事や写真を見つけると、それを切り抜いて集めるものだ。熱心なマニアだと一生かけて集めた資料はかなりの量になるし、それらは唯一無二のものだから、もし同好の士がいれば非常に貴重な資料となる。ただし、それを作った人が死ねば、そういった類いのものは近親者の手で「おぞましい」とばかりに捨てられ燃やされてしまう。
 それを惜しむマニアが生前、そういった自分のコレクションを寄贈してくれるのだ——と館長さんは教えてくれた。
 なるほど。ぼくも実は、自分だけが「感じる」写真や記事を集めていて、棚いっぱいに詰まっている。これもやはりぼくが死んだら捨てられてしまうものだし、それ以前に興味のない人の目には触れてもらいたくない。
「そういったコレクションをどうしたものか」と悩んで、ここにも書いたことがあるのだが、これで悩みは解消した。風俗資料館に寄贈すればいいのだ。ああ、長年の難問が解決してスッキリだ!(笑)
 もしあなたがSMや特殊なフェチのマニアで、秘蔵のコレクションの処分に困っていたら、こういう施設に寄贈することをお奨めしたい。

(風俗資料館ホームページ:http://pl-fs.kir.jp/pc/top.htm) 

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2007年11月 9日 (金)

熟女のスポーツ

「スポーツは体に悪い」という信念のもと、自分ではやらない人間だが、見るのはやぶさかではない。まあテレビの前でゴロ寝しながらだけど。
 これからの時期は、やはりフィギュアスケートだね。男子はめったに見ない、女子ばっかり。
 しかしフィギュアスケートって不思議なスポーツだ。笑顔を浮かべることが点数になる。笑いながらやっていいスポーツって、フィギュアぐらいじゃないだろうか。
「貧乏人は選手になれない」し、人種的に白人が中心のスポーツということで「こんな特権的なスポーツはオリンピックから外せ」という声もあるのだが、まあ固いこと言わずに「女性の美しさを味わうスポーツ」として堪能しましょうや。
 しかし今シーズン幕開けのアメリカ大会を見てても、ジュニアチャンピオンクラスが大活躍してる。だいたい十四歳、十五歳あたり。こうなると十八、十九の安藤美姫らが「年増」という感じがしてしまう。
 日本の男はロリコン系美少女が好きだから、この年代の少女たちが活躍するフィギュアや体操、新体操などは喜んで見てるだろうが、熟女好みのぼくなんか、不満を抱かないわけにはゆかない。
 そりゃあ飛んだり跳ねたりグルグル回ったりするぶんには体は細く体重が軽い少女のほうが絶対的に有利だ。しかし、そうなると女としての美しさはまだまだ物足りない段階だから、そちら方面の楽しみは味わえない。
「いや、記録を争うスポーツなんだからそれでいいのだ」と言われればそのとおりだが、男としては「女性の美」も争って欲しいのだね。
 それなのに、娘ざかりの年齢になって、体がどんどん女らしくなり、ふくらむところがふくらんでくると、フィギュアや体操といったスポーツは不利になってくる。だから二十歳をすぎて肉体が円熟してきたところで引退を余儀なくされてしまう。それはもったいないではないか。
 熟女ファンとしてつらつら考えるのだけれど、これは階級分けしたらいいんじゃないだろうか。
 ジュニア、ミドル、シニアの三クラスに分けて、シニアクラスは三十になっても四十になっても「美しければ」選手として活躍できるようにすればいい。そうしなきゃ、今にスポーツは「子供のやるもの」になってしまうぞ。ロリコンスポーツ反対!(笑)

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2007年11月 1日 (木)

大統領のジョーク

 日本人が他の国の人々と違うところは「人の名前を事物に付けない」という点だ。
 外国へゆけば、空港、建物、通り、公園、学校——あらゆるモノに人の名前が付いている。アメリカなら「ジョン・F・ケネディ空港」、中国なら「中山路」(中山は孫文の別名)、ロシアなら「レーニン広場」というふうに。
 大統領や首相など国家的なリーダーとなると、これはもういたるところに名前が付けられてる。アメリカ最新の原子力空母は「ロナルド・レーガン」だ。ちなみにアメリカで一番、いろんなモノに名前がついているのはリンカーンで、二位がワシントンだとか。
「モンロー・ウォーク」のように、固有名詞がひろく普及して普通名詞になったものを「エポニム」というのだが、何を隠そう、ぼくの趣味はエポニム探し。そこで今日はアメリカ大統領の名前が妙なコトに付けられた例を紹介しよう。
 その大統領とは第三十代のカルビン・クーリッジ。ある時、クーリッジ夫妻は養鶏場を訪問することになった。時間の都合で先に見学することになった大統領夫人は、鶏舎のなかの雄鶏を見て「このオンドリは一日に何回、メスと交尾するの?」と訊ねた。
 養鶏場の責任者が「三十回ぐらいです」と答えると、喜んだ夫人はお付きの者に「このことを忘れないで主人に伝えてちょうだい」と言った。
 後から見学することになったクーリッジ大統領は、そのことを伝えられて責任者に質問した。「相手をするメスというのは同じメスかね?」
 責任者は答えた。「いえ違います。オンドリは一回ごとに違うメスと交尾します」。大統領はお付きの者に言った。「このことを忘れないでワイフに伝えておくように」
 つまり動物のオスも人間の男も、相手が変わると積極的にセックスし、同じ相手だと消極的になる傾向がある。たぶん世の男たちは皆納得するだろう。
 よって、このジョークを生んだクーリッジ大統領は心理学用語に「クーリッジ効果」という名を残したんである。
 日本語にはこういった個人の名のついたエポニムは極めて少ない。ウソだと思ったら我が国歴代首相の名前がついた言葉を探してみてください。

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