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2008年2月22日 (金)

エロの記憶

 最近、ぼくの掲示板に読者さんから投稿があった。
 ずっと以前に出した、中年男が美少女を養女にしてかわいがるという作品を気にいってくれて、何度も何度も読んではオナニーしていたという。
 そのうちボロボロになってしまったので、「新しいのを買おう」と思って処分したのだが、その時はもう、その本は絶版になってしまって、もう手に入らなくなっていたのだ。それを知った時は呆然としてしまったらしい。まるで愛した猫が行方不明になったような気分だったかもしれない。
 幸い、その作品は最近になって別の出版社が復刻(元の本どおりに出版する)してくれたので、そのひとも何年ぶりかで探していた本を手にすることができた。
 ご本人はとても嬉しかったらしく、そのことを報告してくれたのだが、「実は、一か所、記憶と違ってる部分があるのですが、書き直したんですか?」と質問もしてきた。
 少女がボート遊びの途中、養父の見ている前で船底に放尿するというシーンなのだが(はは、かなりエロでしょ)そこがもっと具体的だったはず——というのだ。記憶では何行も何十行もあったはずが、それが無い、というのだ。
 そういうシーンを書いた記憶はあったけれど、復刻にあたってはほとんど内容に手を加えなかったので「おかしいな」と、新旧二冊の自作を読みくらべてみた。やっぱりぼくの記憶どおりで、そのシーンはあるものの、少女がボートのなかでおしっこする部分は、わずか一行だった。
 その読者は「あるいは似たようなポルノ小説を読んで、その中の似たシーンを間違えて記憶していたのかもしれません」と言っていたが、そうじゃない可能性のほうが高いと思う。
 その部分があまりにもエロくて強く刺激された結果、そのひとの頭の中で「こういうふうだったらいいな」と想像した細部の部分が、記憶に「書き加え」られたに違いない。
 その結果、その人の理想のエロが描写された文章が、原文を読めなくなってしまった長い間に、何行、何十行もの文章になって脳にしっかりと書き込まれてしまったのだろう。
 記憶というのは、そうやって時間と共に変化してゆくものなのだが、作者としては、読者が独自に書き換えてもらうのは、おおいにけっこうなことだ。報告をいただいてなんとも嬉しかったよ。

(『養女』1987のカバー)
018youjo

(『養女』の復刻版、『卒業』05年のカバー)
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2008年2月15日 (金)

女の声に勃起する

 最近、LPレコードで音楽を聴いている。レコードプレーヤーが壊れてしばらくレコードをかけることができなかったのだが、知人が「もう使わないから」とプレーヤーを譲ってくれたので、まだ三百枚はあるLPを毎日聴いている。
 ぼくのLPコレクションはずいぶん偏っていて、ほとんど女性のボーカルだ。ジャズが一番多いが、ポップス、カントリー&ウエスタン、歌謡曲、オペラ……とさまざま。聴かないのはJポップスぐらい(おじさんには分からないんだもの)。
 ターンテーブルにアニタ・オディをのっけてそっと針を落とす。ハスキーで甘いアニタのブルースがスピーカーを鳴らす。うーん、たまらん。やっぱりジャズボーカルはLPですよ、アナログですよ。
「何を言ってるんだ、今は再生波形の忠実度も雑音の低さでもCDのほうがずっといい。面倒なLPレコードなんか聴くのはバカだ」とデジタル派には言われるけど、何と言われようとジャズボーカルの、特に女声の暖み、人間らしさ、そう「粘膜」から出る声のエロティシズムはCDなんか足元に及ばない。LPでなきゃ出せない、聴けない音ってあるんだよ。
——と言っても単なる趣味の問題になるけれど、どうして女の歌がこんなに好きなんだろう。それもハスキーな、ちょっとしわがれた感じの、深みのある、しっとりした、熟女の歌声がね、ジャズでも演歌でも、体の内側から熱くさせてくれるんだな。
 若い女性歌手の高くて澄んだ歌声というのは苦手で、オペラでもメゾソプラノまで。キーンというソプラノはダメなんである。
 これは高校時代、ラジオの深夜放送のパーソナリティがね、藤間紫とか岸田今日子とか朝丘雪路とか、当時の「色っぽいおとなのお姐さん」だったせいだろうと思う(はは、年代がバレたね)。彼女たちのしっとりしたハスキーな囁くような声をラジオから聴きながらオナニーしてたので、そういう声を聴くと、下腹部が先に反応してしまうようだ。
 前に「女性の子宮に響くような渋い低音の声の持ち主が羨ましい」——と書いたけれど、女性だって絶対、男の股間を直撃するような悩殺ハスキーボイスがあるはずだ。ぼくの場合はそれがアニタ・オディだったりブルースを歌う和田アキ子だったりするのだけど、そういう声をうまく再生してくれるのはやはりLPレコードなのだ。理屈抜きでそうなのだ。文句あるか。

(画像はドキュメント映画『真夏の夜のジャズ』で、ニューポート・ジャズ・フェスティバルで歌ったアニタ・オディ。この名唱で“ジャズヴォーカルの貴婦人”と称えられた。うーむ、マイクになりたい。(笑)

Anita_oday

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2008年2月 8日 (金)

チョコレートSEX

 バレンタイン・ディが来る。最近は年が明けたらもう、街はチョコレートだらけになるような気がする。今朝の新聞にはさまれたチラシもチョコレート関係が何枚もある。
 バレンタイン・ディは欧米では愛しあうカップルの日であって、プレゼントは女性からでも男性からでも贈っていい。その品物もチョコレートに限ったことではなく、何を贈ってもいいのだ。日本のチョコレート「だけ」商戦というのはチョコレート業界の作戦が図に当たった結果である。
 まあここまで普及してしまったものをどうこう言っても仕方ないから、くれるものはもらっておこう。去年は一個だけだったが。(笑)
 チョコレートの催淫作用、媚薬作用は古くから言われていて、かのサド侯爵などはチョコレートに唐辛子をまぜたものを惚れた女性に食べさせて誘惑したとか。どちらかというと男性に対してより女性に対して「エッチな気分にさせる」という効果がありそうだ。
 だからセックスの前に女性にチョコレートを食べさせるというのは、気分を盛り上げるには悪いことではない。口のなかでチョコレートを溶かしながらディープキスを交わすのもいいかな。かなり口の回りが汚れるけど。
 友人のなかにバレンタインのチョコレートをたくさん貰ったやつがいて、彼はそれをどう処分したものかと考えて「そうだ、セックスに使おう」と思いついた。
 チョコレートは体温でもヌルヌルになるから、空の浴槽に二人で入って互いの肌にチョコレートをなすりつけて、口でそれをペロペロ舐めるという前戯から始めたという。
「これはかなり刺激的で、舐めたり舐められたりするだけであんなに燃えたのは初めてだった」そうだ。
 うむ、ぼくのような糖尿病もちには考えるだけでも禁断のプレイだけれども、若くて情熱的なカップルだったら試してみる価値はあるだろう。ただし髪や体毛はチョコレートと相性がよくないので、毛の部分は避けたほうが具合がよいようだ。
「最後はね、彼女のアソコに棒状のチョコレートを押し込んでチュウチュウやったら、これは彼女も喜んでくれたんだけど、終わったあと、体内に残ったチョコレートがいつまでも出てくるので困っていた。アソコには入れないほうがいい」というのが彼のアドバイス。ではお尻の穴なら……。むむ、これは高等プレイですな。ぼくはシングルモルトを飲りながら甘さの少ないチョコレートをつまむ。これが一番。

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2008年2月 1日 (金)

粘膜の法則

 先日の『いろ艶筆』で藍川京さんが書いた『逆行性射精』、つまり射精された精液がペニスの先っちょから出ないで膀胱に入ってしまう現象を読んで、「やっぱり尿道の感覚というのは大事なのだろうなあ」と男として思ったことだ。
 射精の快感は前立腺から精液が噴出する時に起きるのが大部分だけれど、尿道の粘膜には精液が通過する時に快感を味わえるような機能がついているはずだ。尿と違って精液は勢いが違うし粘っこい。それが尿道を駆け抜けて尿道口から噴出する時、独自の快感を生じさせるはずだ。だから男性でも尿道オナニーにハマる人が少なくないんだろう。
 ぼくのところには、メールやホームページの掲示板への書き込みという形で、読者や関係者からいろいろな情報が寄せられるのだが、そのなかにこういう人がいた。
「尿道口から、マチ針の頭のような、傷のつかないような細いものを入れてやると、尿道口から一・五センチ入ったところで、すごい独自の快感を覚えるツボがある。それはもう男のGスポットみたいなもので、よがり狂うけれど射精することがないので、いつまでも楽しめる」
というものだった。
 尿道から細い管を入れて前立腺に達すると、強烈な快感を覚えるという例はいろいろ聞く。これは前立腺そのものを内側から刺激するわけで、当たり前といえば当たり前なことなのだけれど、この人は、それ以前の、先っちょに近いところで感じるというので興味を覚えた。尿道から前立腺まで到達するのは距離が長いぶん困難だ。一・五センチならやりやすいではないか。しかし、なぜ一・五センチなんだろう?
 いろいろ調べてみて理由が分かった。尿道口は先っちょから一・五センチのところで太くなり、刺激に敏感になるのだ。
 人間の粘膜というのはだいたいみな同じで、口でも膣でも肛門でも、出入り口のところは鈍感になっていて、少し入ったところから敏感になる。耳かきを使ってみれば耳もそうだと分かるだろう。尿道もそれと同じことなのだ。ぼくは思わず叫んだね。
「粘膜一・五センチの法則!」
 つまりどんな出入り口でも一・五センチ内側に入れば快感を覚えられる——という法則。ううむ、すごい大発見なような気がするが、どうだろうか。しかし尿道の場合は刺激するとすぐ炎症を起こして苦しむから、ぼくは奨めないけどね。

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