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2008年3月28日 (金)

男性用ブラジャー

 ここ三、四年、しきりに「ブラ男」のことが話題になってきた。「ブラジャーを着ける男性」だからブラ男くん。
 ぼくは知る人ぞ知る女装小説作家でもあるから、女装する友人知己愛読者は多い。だから「ブラ男」についての話題には無関心でいられないのだが、どうもいま一つ、分からないところがある。
 女装を趣味とする男性は大きく二つに分けられる。完全女装と下着女装だ。完全女装は顔や髪形をバッチリ女に見えるようにすること。外出も出来るようになれば一人前の「完女」だ。
 一方、そこまでの自信がない男性、初心者などは下着だけ女性のものにして、首から下の「女になった自分」だけを眺めたり撮影したりして楽しむ。「首下女装」ともいう。
 こういった下着女装愛好者は女性下着の肌触りやセクシーさに魅惑されているわけだから、四六時ちゅう、たとえば会社で働いている時も女性下着を着けていたい、と考える。そういう人はけっこういて、時に下着女装状態で事故に遭い、それで家庭が壊れたなんて話も聞く。
 ぼくは「ブラ男」というのは、そういった下着だけ段階の女装愛好者だとばかり思っていたら、そういう人もいるけれど、そうじゃなくて「男がブラジャーを着けることの緊張感を味わうため」というブラ男が多いんだって。だから下はブリーフやトランクスなどの男性下着。「下も女性用だったらただのヘンタイじゃないですか」と言うブラ男もいるんだそうだ。
「???」とぼくは頭が混乱してしまったよ。ぼくに言わせれば女性下着に魅せられてブラとショーツ、どちらも女モノを着けるのが「正常」で、「ブラだけ」というほうがヘンタイに思える。どうしてそんなハンパなことをするんだろうか。「体を締めつける緊張感がたまらない」と言うのなら腰痛防止用のコルセットを着けたほうがよっぱど健康にいいと思うけどね。
 しかも彼らの中から「男性用のブラジャーを作って欲しい」という要望も出ているんだそうだ。そりゃ女性とは胸板の厚さが違うから男の肉体に合うブラジャーは見つけにくいだろうけど、しかし、そんな男性用に作られたブラジャーを着けて楽しいんだろうか?
 いやまあ、人の好みはいろいろだし、まさにニッチ(隙間)な商品だから、出せば以外とヒットするかもしれない。反対はしないけど、しかし……、どうも納得できないぞ。(笑)

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2008年3月22日 (土)

笑う射精

 不思議なものを見てしまった。
 ネット上には女装者用の投稿画像掲示板がいくつもあるが、そのなかの一つに、女装子さんの射精したショットが投稿されていた。
 そこは「見た目は女性、あそこはしっかり男性」という女装子さんがひしめく所で、ぼくのお気に入り掲示板の一つ。どこから見ても女なのに、股間には巨根がそそり立ち、オナニーで勢いよくドバッと射精している、迫力ある画像(カム・ショット)が見られるところなんである。
 で、そこに常連のR子さんという女装子さんがセルフ撮りのカム・ショットを投稿していたのだ。まあ、それ自体は珍しくない。
 驚かされたのは、射精した瞬間なのにR子さん(正真正銘の男性ですぞ)が白い歯を見せてニッコリ笑っていること。
 このR子さん、セルフ撮りの自分の写真はいつも朗らかに笑っていて、それが独特の魅力なのだけれど、射精した瞬間も笑っているのには、思わず目を疑ってしまった。
 いったい、こんなことが可能だろうか?
 オナニーやセックスによる男性の射精は、最終段階に達するともう意識では制御できない。背骨の腰のところにある射精中枢のスイッチがオンに入ってしまうと、前立腺のところから尿道が断続的に収縮を開始して、精液がドビュッ、ドビュッと数回に分けて噴射される。この時、男なら誰もが知ってる、あのズキーンという快感がペニスから脳を駆け抜けるわけだ。
 だから射精する瞬間の男は、知らない子供が見たら「痛がっている」「苦しがっている」と思うような表情をするのがふつうだ。
 快感は個人差があるから、固く目を閉じ、歯を食いしばって唸ったり叫んだりするのから、溜め息をつくぐらいで終わってしまうのまでさまざまだが、笑いながら出来るとは思えない。
 周囲の友人たちも「あの瞬間に笑うなんて、そりゃ無理だ」と言うし、風俗の女性も「そんな男、見たことない」と言う。
 はてさて、このR子さん、非常に特異な体質なのだろうか。それとも練習すれば出来るようになるのだろうか。試してみて成功したかたがいたら教えてください。

(画像は女装子R子さん、魅惑のセルフ画像です)

Rako03

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2008年3月14日 (金)

春愁エロチカ

 ようやく春だ。陽気がよくなるにつれ、冬ごもりを余儀なくされていた生物の世界は、活発な活動を開始しはじめる。
 人間も生き物だから、どんどん元気になるはずなのだが、そうではない場合がある。
 やる気が失せ、気分が落ち込み、なんだかとても悲しい。今ごろ、そういった精神状態になることを「春愁」と呼ぶ。
 もともと季節の変わり目はホルモンのバランスが崩れ、精神状態が落ち込むことが多い。これを「季節性情動障害」などと呼ぶ。秋から冬への変わり目はかなりの人が気分が落ち込むことで知られるが、春先にも同じことが起きやすいのだ。
 しかも春は、入学、卒業、転勤など、人の移動が激しい。仕事の内容も変わる。人間は慣れ親しんだ環境が変わると不安になり落ち着かなくなる。それも影響しているのだろうね。「なんとなくヘンだ」と思っているうちに本格的なうつ病になってしまう例だって少なくない。
 実はぼくも「春愁」を覚える体質だ。春が来るとなんとなく憂うつになる。桜の花だよりなんてのも嬉しくない。自分だけが落ち込んでいて取り残されていく状態。「なんとかしなきゃ」と焦れば焦るほど泥沼に足をズブズブととられるような、こればかりは春愁人間ではないと分からない苦しい物悲しい気分が続く。
 ある年の春、ふいにそういう状態から脱出できたことがある。
 下校中の女子高生の後を歩いていたら、風が吹いて彼女のスカートがまくれ、白いパンティと眩しい太腿がが目に飛び込んできて、脳にパンチをくらったような衝撃を覚えた。「ラッキー!」と思ったら、今までの憂うつな感情がどっかに吹っ飛んでしまっていた。
 何のことはない、エロティックな欲望が春愁をうち負かしてくれたんだねえ。弱っている脳に下半身が活を入れてくれたというか。
 それ以来、春愁を覚えたら、なるべくエロな気分を高めるような行動をとるようにしている。
 もしぼくと同じような春愁人間がいたら、この時期、積極的にエロを求めるようにしたらいい。風俗に行くのもいいしストリップを見るのもいい。エッチな本やDVDを買ってエロの世界にひたるのもいい。そうやって下半身を優先させると、脳を支配する春の憂いを負かすことができる。ぼくがそれに気づいて書いた短編の題名が、実は『春愁エロチカ』。なかなかいい題だと気に入っている。

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2008年3月 7日 (金)

好きだから官能ポルノ

 ときどき「いつ純文学書くんですか」と聞かれることがある。「へッ?」と聞き返す声が裏返ってしまうよ。(笑)
 どうもぼくについて何かの誤解があるみたいなのだ(原因は分かっている。噂をばらまいたやつがいる)。
 つまり「館淳一はもともと純文学志向の文学青年で、そっちのほうで芽が出ないので官能ポルノに転向した」という根も葉もない噂を信じている人がいるのだ。
 ぼくの作品の文体がどことなく純文学調に思えるのかもしれない(自分ではまったくそう思わないのだが)。それもあって「あの人が官能を書くのは、世を忍ぶ仮の姿、いつかは文学賞を狙っているのではないか」という憶測を勝手に抱かれてしまう。うう、困ったことである。
 確かに、官能作家のなかには文学青年くずれというか、そちらのほうで修業した作家が多い。そちらで芽が出なくてポルノに転向して食えるようになり、それでも「いつかは純文学を」と虎視眈々と狙っている作家もいる。実際、名を聞いたら驚くほどの「ホンモノの作家」が、それこそ世を忍ぶ仮の姿で官能ポルノで稼いでいたりする。中には、どうしてもポルノ以外では認められず、腐ってしまった人もいる。
 だから、ぼくもそういう「本当は純文学」系と思われているのだが、実情はまったく違うのである。ライター稼業は長かったものの、純文学に関心を抱いたことは一度もないし、そんな才能はゼロに等しいと思っている。
 ぼくがSMを主体とした官能ポルノを書くのは、ひとえに「SMが好き」「ポルノが好き」ひいては「エロが好き」ということに尽きる。
 SMポルノを書くのは、最初の頃「SMをしたい」「エロなことをしたい」という欲望が強かったからである。SM作家になればSMを楽しめるようになるのではないかと、大先輩である団鬼六さんの姿を仰ぎ見て、そんな錯覚を覚えたからである。ああ、バカだった。(笑)
 SM作家になってもSMがすぐ出来るわけではないのである。書くことと実行することは別の世界のことで関係ないのだと分かった時はもう遅く、ぼくはどっぷりSMポルノ作家になってしまっていた。SMが好きだからこれからもエロを書き続けるつもりだけれど、かくのごとく純文学など一切、関係ないのである。ただのヘンタイなんである。信じてほしい。(笑)

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2008年3月 1日 (土)

いつから成人?

 最近、選挙権年齢の引き下げが議論されている。
 現行では成人年齢に合わせた二十歳で選挙権を得るが、これを十八歳からにしようというものだ。基本的には賛成である。
 少子化が進行するにつれて、選挙権をもつ世代が老齢化してゆくのだから、政治が「老人のもの」になってゆく傾向が強まる。若い世代を政治に参加させるためには、早いうちに選挙権を与え、政治に関心をもってもらうにこしたことはない。
「いまの若いやつらは頼りない。十八歳で選挙権を与えるのは早い」という意見もあるだろうが、それはおとなが彼らを「子供扱い」するからで、困ったことに「子供扱い」されたほうがラクなので、青少年はいつまでたっても自立成長しない、という悪循環に陥る。
 いまより肉体的成熟の度合いが遅かった江戸時代でも、女性は十二、十三で嫁入りするのは珍しくなく、男の子は十五歳前後で「一人前」とみなされ世に出て働いていた。
 少子化対策になるかならないか分からないが、今や男の子も女の子も中学校を卒業した頃からどんどんセックスを体験している。昔と違って性に関する情報量も比較にならないほど豊富に得られる。だから選挙権だけでなく成人年齢も同時に引き下げ、十八歳で社会的責任を持たせ、セックスも責任を持ってやらせるようにすればいいのだ。
 いまは少年法などで庇護されすぎの「セックスやり放題、だけど責任はない」という未成年ウハウハ状態。これはいろんな枷を嵌められてセックスも十分に楽しめない大人にとっては不公平極まりない。はは、ひがんでるな。(笑)
 成人年齢ということ自体、いったい何を基準にして決めるのか、という問題がある。重大犯罪を犯しても「少年」「未成年」ということでことさら庇われてきたことには批判が多いが、それは「十七、八ぐらいなら、もう知的にも体力的にも一人前だろう」という、社会的通念があるからだ。
 だから成人年齢はすぐに十八歳に引き下げるべし。そうなればもちろん、必要以上に未成年を保護する青少年保護育成条例のような悪法は廃止である。セックスマーケットには新鮮ピチピチの十八歳ギャルが大量に出回る。これでいいのだ。(笑)
 ずいぶん乱暴な論理のようだが、それが時の流れなんである。少子化の日本、若い世代の働きなしにはやってゆけないんだから。

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