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2008年4月21日 (月)

絹の誘惑

 知りあいの女性が「最近は、下着は全部、絹のを着けています」というので「豪勢で色っぽいですね」と言ってあげたら、「ぜんぜん色っぽくない話なの」と笑いながら理由を話してくれた。
 最近、ある薬の副作用で肌に発疹ができ、痒くてたまらなかったのだそうだ。どんな皮膚の薬を使っても発疹が押さえられない。
 ある日、持っているだけで使っていなかった絹の下着を着けてみたところ、驚いたことに、肌に触れる部分の発疹が徐々に治ってきたではないか。
 そこで下着を全部、絹にしてみたら、長いこと悩まされた発疹はウソのように消えてゆき、その効果は医者も驚くほどだったという。
 絹は言うまでもなく蚕の繭からつむぎ出す動物性の自然繊維。とても肌ざわりがよく、美しい光沢を示すことで知られている。しかし高価なものだから、絹の下着といえば「ぜいたくな生活」の代名詞みたいなものだった。
 話はいきなり飛ぶが、ずっと以前、ぼくはある男性雑誌のフリー編集者で、ぜいたくな下着特集というのをやった。ただ商品だけ映しても面白くない。ゴージャスな下着にはゴージャスなモデルを——ということで、当時人気絶頂のモデル、山口小夜子さんに頼むことにした。
 トップモデルはふつう下着モデルなどやらない。当然断わられると思ったが、「日本で一番高い下着を用意します」と言ったら「それはステキ」と、喜んでモデルになってくれた。
 その時に用意した最高のランジェリーはイタリア製のネグリジェで五十万円した。今の価格だったら三百万円ぐらい。やはり絹のショーツは四万円で、これも今なら二十万円はくだらないだろう。
 それぐらい高いのが絹なのだが、特徴は繊維の内側に水分をたっぷり含むことが出来ること。この高い保水性で、しっとりとした、持ち重みのする独特の肌ざわりがする。「絹のようになめらかな肌」というけれど、女性に絹の下着を着けさせて愛撫したら、思わず肌ではなく下着のほうを撫で回してしまうことだろう。
 同じ理由から匂いの成分もよく吸着させるので、絹のパンティにしみ込んだ女性の匂いは豊富にしかも長時間保存される。匂いフェチにはたまらない素材だろう。そうだ、『ジョイ・オブ・セックス』というベストセラーを書いたアレックス・コンフォート博士は「絹のパンティの上からクンニリングスすることは、最高の前戯である」と言っている。これもお試しあれ。

(画像はシルクサテンのスリップドレス。ゴージャスですね。某インポートショップで29000円。驚くほど高いということはありません)

Silkslip

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2008年4月13日 (日)

料理はセックスだ!

 ある会食の席で、出されてきた料理についてウンチクを少ししゃべったら「料理がおできになるんですか」と、女性の出席者に感心された。
 まあ吹聴するほど料理が好きでも得意でもないけれど、カミサンが数日寝込んだり留守にしたりしても、自分でご飯を炊いて適当におかずを作ったりするのは苦にならない。そういう時こそ好物のつまみや料理を好きなだけ作れたりして、楽しいぐらいのものだ。
 そう言うと「私の夫なんか」「私の父なんか」と、女性たちが口々に身近の男性たちが料理が苦手で全然やらないと嘆きだした。それは問題だなあ。
 今はコンビニで弁当は簡単に手に入る。インスタントの食品もたくさんある。何もわざわざ自分で面倒なことをしなくてもお腹は満腹になる。しかし、人と生まれて自分の手で食べ物をまったく料理しないということは、一生オナニーしか知らないで死んでゆくようなもので、男としても味気ないといえば味気ない。生きている甲斐もないような気がする。
 料理を作るということは、素材を見つけ、選ぶところから始まり、それをどのように旨く食べられるか、いろいろに工夫するということだ。そして最後に生きている喜びをシミジミ味わう——考えてみれば、これはセックスに似ている。いろいろ努力して手にいれても、いざとなったら一瞬にして満足してしまう——という部分までよく似ている。
 そこで「面倒くさい部分は誰かにまかせて、自分は食べる(やる)だけに専念する」というのは怠け者の論理だ。それではセックスをじゅうぶんに楽しんだことにならない。料理もそうだが、セックスもまた「オルガスムスにいたる過程を楽しむ」行為だからだ。
 周囲を見てみると、性の強者(つわもの)と言われるような人間ほど、味に敏感で旨いものに目がなく、しかも自分でも面倒がらずに、嬉々として手料理を楽しんでいる。
 性の快楽も食の快楽も、手間ひまかけて自分の嗜好に合うように準備し、セッティングを整え、おいしくいただく——これが人間だ。
 この春から新しい環境に飛び込んで、食生活も変わってしまう人が多いと思うが、自分の手で食べたいものを作って食べる——という基本を忘れたらダメだと思う。それができて初めて充実したセックスも楽しめるというものではないか。

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2008年4月 4日 (金)

桜とSM

 桜の季節は例年より早く過ぎてしまったが、いまぼくの周囲のSMマニアたちの話題は、「撮れた」「撮れなかった」だ。
 何のことかというと、満開の桜を背景にした野外緊縛写真のことである。
 SMマニアはたいてい緊縛マニアで、彼らはモデル——妻や恋人や愛人たちを野外に連れ出して、いろいろな状況のなかで緊縛写真を撮影する。
 これは明治大正の責め絵師として知られる伊藤晴雨からしてそうで、彼は自分の妻を腰巻一枚の裸にして縛りあげ、雪の庭に転がして責めながら撮影をしたことで知られている。最後は息も絶え絶えとなったという妻の雪中責め写真は、今見ても迫力満点な傑作である。
 現在だって緊縛した裸女を雪中で責める写真や動画を撮りたがらないSMマニアはいないと言っていいぐらいだ。ネット上にはそういう野外で撮影された作品がいつもアップされている。
 当然、桜が咲くと、彼らは今度は桜の花の下での緊縛写真を撮りたくなる。ところが、これがなかなか難しいんである。
 桜の木というのは、たいてい人の目につくところにある。
 SMプレイだ緊縛だなんて人の目に触れないところでひっそりやるべきものだから、みんなが花見に興じてる場所で裸女を幹にくくりつけたり枝から吊るしたりなど、できるものではない。だから野外プレイ、野外撮影が好きなマニアは、早くから撮影に適した桜を求めて奔走するわけだ。
 せっかく目的にぴったりの桜があったとしても、ふつうの人もそういう静かな場所にある桜を求めているわけで、撮影する時になってワイワイと人がやってきてダメになったりする。モデルさんには悪いが、写すほうからすると、雪の中で撮るほうがずっと簡単なのである。雪山には人が来ないところがいっぱいあるからね。
 というわけで、今ごろのシーズン、見事な桜を背景に緊縛された裸女の写真などが発表されると、マニアはみな「おおー」と感心してしまうのである。みんな撮影の苦労を知っているからだ。
 こういう四季おりおりの風景をとり入れた野外でのSM写真なんてのは、日本人だけのもののようだ。自然の美に敏感で、それをSMのような遊びの中にとり入れてしまう特異な才能をもっているのが日本人なのだろう。
 だから「SM写真を撮るのにぴったりの桜を知っている」という人は教えてください。来年撮りにゆきます。(笑)

画像は参考

Sakurabd163

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