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2008年9月28日 (日)

日本女性は上つき? 

 ぼくはあんまり気にしたことがないのだけど、気にする人は気にするらしいのが、女性の「上つき」と「下つき」。
 つまり膣口と肛門が離れて、前から見てクリトリスや割れ目がよく見えるのが上つき、逆に膣口が肛門のほうに近づいて、前から見ると性器のありかがよく見えないのが「下つき」。日本女性の場合、膣と肛門の間は平均して三センチから四センチぐらい離れているらしい。
 上つきの女性とする場合、正常位が具合がよく、バックからの結合はやりにくい。下つきはこの逆でバックでの結合が容易なわりに正常位だとしっくりこない——と言われている。
 ところがぼくは、どんな女性といたしても「あ、上つきだからバックがやりにくいな」とか、「下つきだから正常位がうまくいかない」などと思ったことはない。マネキン人形のようにコチコチなら別だが、彼女たちの体は柔軟性に富んでいる。角度が合わなければ少し姿勢を変えればすむことだ。
 この上つき下つき問題には定説みたいなものがあって「白人の女は上つきで、日本女性は下つきが多い」と言われていた。そもそも関心がなかったので、会う女性ごとに肛門からの距離を測定したこともなかったから、なんとなく「ふーん、そんなものか」と思っていたら、実際に白人の女性とやりまくってきた男性が著書のなかで「白人女は下つきが多い。日本女性のほうが上つきだ」と言っているので「へえー」と思った。そうしたら『性的唯幻論』のなかで心理学者の岸田秀氏も同じことを書いているではないか。
 実は西欧人(白人)は何かにつけて自分たちは進化した優秀な人種だ、と主張したがる。下つきは類人猿に近いので、そうだとすると自分たちは進化していないことになる。だから無理に「上つきだ」と主張しているのではないか。実際、白人女性は子供の頃は上つきなのが、成人するにつれ下つきになるのが正しいようだ。ぼくは体験が無いので保証できないけど、ネットで見る無修正画像を見ても確かに上つきは多くない。
 岸田氏が若い女子学生から聞いた話では「輸入モノのパンティをはくと、二重になっている股布の部分が後ろに来るので、はき心地がよくない」そうだ。これも手元に持っていないので分からないが、比較できるかたがいたら比べてみてください。ぼくとしては「ホントかねえ」と半信半疑なのだが。

参考画像は輸入ランジェリーショップのカタログから。
なるほどこれではかなり下つき用だ。

Uetsuki_panties

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2008年9月19日 (金)

壊れた性本能

 心理学者・岸田秀さんの『性的唯幻論序説』(文春文庫)を読んでいる。岸田さんは「人間の本能は壊れている」という仮説をたて、それをもとに人間の行動をいろいろ分析している。
 人間の性本能も壊れている——といわれると「どこが?」と思うかもしれないけど、動物のうち発情期が決まっていなくて、のべつまくなしセックスをやっているのは人間だけなのだと聞くと納得する。実際、ぼくの知ってる年配の男性はもう定年もすっかり過ぎて奥さんも同じぐらいの年齢。それなのにまだ、週に二、三回はセックスしているというので驚いた。それも主に奥さんの方から求めるのだという。
 動物は生殖能力を失なうとセックスしなくなる。更年期をとっくに過ぎ、絶対に妊娠しない体になった女性が自ら夫にセックスを求めるというのは、これこそ人間だけだろう。
「奥さんを相手によく出来ますねえ」と感心してみせると、そのかたは苦笑しながら「まあ応じてやると家庭円満ですから」と言う。それはまたよく出来た人だ、人格円満がパンツをはいているようだ。
「でも立ちますか」と思わず聞いてしまった。
「最近はバイアグラの助けを借りてようやくですね。入ってもなかなかイカないので、頭の中で若い頃の愛人とやっていると想像して、ようやくイクことができます」
 奥さんはご主人に愛されたと思っているのだけれど、実際のところ、ご主人の頭のなかでは若い頃の愛人とやってたわけだ。それを思うと奥さんがかわいそうな気がしないでもないが、彼女もその最中、誰か別の若い男性とやってると想像して興奮しているのかもしれない。
 どちらも違う別の相手のことを考えながらセックスしている老夫婦——というのもかなり不気味で滑稽だけど、世の中のカップル、老若を問わず同じようなものかもしれない。
 別の知ってる人妻は夫とセックスしている時、あまり興奮しないのも悪いと思い「私はレイプされている」と想像するそうだ。そうすると興奮してきて、夫もヤル気が出て満足するらしい。
 こうなると夫も妻も相手の性器を利用してオナニーしているのと変わらない。こんな妙なセックスをしているのは、確かに人間だけだろう。やっぱりわれわれの本能は壊れているのだ。まあ壊れているから楽しい部分もあるのだろうが。

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吸い込む穴

 人間の体にはいくつかの穴がある。その穴から入ってゆくものがあり出てゆくものがあって、人間の体は成り立っている。
 その「出入り」の問題だが、男にとって一番興味のある膣は、入口だろうか出口だろうか。
「そりゃあアレが入ってゆくんだから入口だろう」とたいていの男は言うだろうが、産婦人科の医者は「出口」だという。一番大事なのは赤ん坊が生まれる出口。それに月経の出血やおりものを排出する出口。
 セックスを妊娠のためと考えると、一人の子を生むためには最低限、一回入れればいいわけで、もともとそう何回も入れたり出したりするために作られてるもんじゃないのだ。
 まあ神様が「せっせと子作りに励むように」と快感を与えてくれた結果、必要以上に出し入れする穴になっちゃった。それでも基本的には出口なんで、ペニスを挿入しても力が失せると自然に押しだされちゃう。
 ところがなかにはとり込み能力が優れた女性がいて、まるで自分から吸い込んでしまうような動きをみせる。ぼくの知ってる一人の女性は、発情すると入り口部分がひくひく蠢(うごめ)いて、指でも何でも近づけてやると内側へひきずりこもうとするので、驚いたものだ。
 この能力をもっと訓練すると、いわゆる「花電車」という芸が出来るほど「出し入れ」が自在になるわけだ。
 では、その後ろのほうにある穴はどうだろうか?。
 男はこちらのほうにも好んでペニスを出し入れするけれど、膣以上に、何かを取り込むなんて最初から想定していない出口専門の器官なのだ。メカニズムに逆らって取り込もうとする動きをするなんて、まず無理だろう——と思っていた。
 ところが最近、ある女装者さんがアナル・オナニーをしている動画を見ていたら、驚いたことにバイブを入れて押し出し、中ほどまで出てきたところでそれをギューッと吸い込んでいるではないか!
 手を使わないのにバイブがゆっくりピストン運動するのを見ていたら、人体というのはまったく神秘的なものだといたく感心してしまった。この人はたぶん、長年の努力が筋肉の特殊な能力を発達させたんだろうね。「こういう穴なら入れてみたい!」と、相手が男なのに思わず欲情しちゃったよ。(笑)

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2008年9月 8日 (月)

前立腺の時代

前々回のこの欄で、男の潮吹き現象について述べた。東京スポーツに鷹澤フブキさんが詳しく書いたところから“フブキ現象“と命名することにしたのだが、それをぼくのブログ版『いろ艶筆』で読んだのが、フェチ評論家、ライターの下関マグロさん。
「それはぼくも前から書いているけれど、間違いなく男の潮吹きです」とコメントをつけてくれた。あらら、それだったら”マグロ現象”でもあるわけだ。まあ、マグロというとセックスの時にゴロンと動かないでいる状態を言うから、この際、フブキ現象でとおしたほうがいいだろう。許せマグロさん。
 下関マグロさんの現象も、直腸を刺激されながら前立腺射精直後の亀頭を強引に刺激することで発現した。大量の液体が尿道から噴射され、その液体は透明で匂いがせず、味はほとんどない。明らかに尿ではない。それを噴く時の快感は、射精と放尿の中間ぐらいの快感を味わうらしい。
 女性は膣の奥のGスポットを強く刺激されることで大量の潮を噴く。男性もGスポットと同じ部位にあたる前立腺を刺激されることが前提なので、噴射のメカニズムはほとんど同じようなものだと思われる。
 これは医学的には大発見のように思われるのだが、フブキ現象の正体はそう簡単には解明されないだろう。というのは、病気でも何でもないわけだし、この現象を体験しようが体験しまいが肉体的健康に何の影響もない。そんなことを研究してくれる医学者がいないのだ。ぼくらは面白いと思っても、医学界は関心を持ってくれない。
 しかし、男にも潮吹きがあることで、女性にも前立腺の機能をもつ器官が隠されていることが改めてシロウトにも理解されてきた。でなければ女の潮吹きが説明できないからだ。
 前立腺というのは、これまでは精子を薄める液体を分泌する器官だとばかり思われてきたのだが、男はもちろん、その痕跡があるとされる女もその部位を刺激すると独特の快感を得られるのだから、特殊な性感帯としての重要な役割をもっているのは疑いなさそうだ。
 男性であっても炎症や肥大といった病気にならないかぎり、なかなか意識されない地味な器官だった。しかしこれからは、セックスの時に快感をもたらす重要な器官として、もっと注目される必要があるだろう。何せ、ここを刺激することで男性はドライオルガスムスという、女性に負けない連続的な射精なしの快感を味わえるのだから。

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2008年9月 5日 (金)

知性が「性」の邪魔をする

 このところ、中年の男性、女性と性生活について話しあう機会が多かった。
 驚いたのは、性交をしないセックスレス夫婦の比率が多いこと。三十代後半から増えて四十代になるとほぼ大半の夫婦がセックスレスになっている。最初の子供を生んでしまうと、その傾向が強まるようだ。
 では、夫も妻もセックスに興味が無いかというと、そうでもないんである。どちらもそれなりに性欲はあるのだが、それがセックスに結びつかない。不倫に走ったり、相手に隠れてオナニーしたりで性欲を解消している。
「いや、今さらセックスでもないかなという気がして……」と照れながら言う夫や妻たちを眺めていて気がついたのは、夫婦のどちらも高学歴で、知的なかたが多い。いわゆるインテリ層。
「そうか。知性が邪魔をするんだ」と、ハタと気がついた。
 セックスは知性と関係のない営みである。その間、人間は獣のようになる。だから昔は性欲を「獣欲」などと言った。逆に獣のようにならないとセックスは楽しめない。照れとか恥ずかしさとかを克服し、欲望を剥きだしにしないと、性の歓びは味わえないんである。
 ところがインテリ層は、若い時、まだ子供を作らない期間はせっせと励むのだけれど、子供ができてしまったりすると、互いに相手に対して獣の状態を見せたくない気持が強くなるんじゃないか。
 それは知的な人間ほど「セックスは知的なものではないから抑制しなければいけない」「セックスに我を忘れる姿を妻(夫)に見せるのは知的ではない」と思いたがるからだろう。 インテリの好む趣味嗜好はみな、知性を必要とするものばかりで、それを抜きに本能的な欲望に耽溺するもの、性欲を剥きだしにしたものは避けられる。
 ポルノ映画やポルノ小説、あるいは風俗業のようなものが軽蔑され差別されるのは、それが知性とは無関係に性欲を刺激し、インテリをも獣にするからだ。それが怖いから差別するんである。
 これは困ったことだ。国の教育程度が高まれば国民の知的能力も高まる。ということは性的なパワーが弱まるということで、セックスレス夫婦が増え、少子化が進む。
 知性が性欲を妨げない文化というものを、どうやって築くか、文化国家の課題はそこにある。
 ——今回はなんか難しい話になったけれど、政府が国民にポルノ小説や官能小説をもっと読むように奨励するのが一番だと思うが、どうだろうか。(笑)

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