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2008年10月25日 (土)

スパンキングをめぐる誤解

 ぼくがスパンキング愛好者だと知って、ある人がご自分のプレイの画像をメールで送ってくれた。
 ぼくは女性についてあまり好みを言うほうではないが、スパンキングに関しては豊満タイプがいい。映っている叩かれる人(マニアの間ではスパンキーという)は、まさにむっちりしたヒップの持ち主で、肌が白くてきれいだ。その部分がベルト状のものでバシバシ叩かれて、ピンク色、赤い色に染まっている。この眺めがね、いいんですよ。うーん。叩くほうも叩かれるほうも楽しんだはずだ。
 最近は静止画像だけでなく、携帯でもムービーが撮れるようになった。それで音声が入ればすごく迫力がある。今度はそういうのを送ってくれることを期待しよう。
 スパンキングは言うまでもなくお尻を叩く「お仕置き」のことで、本来は親が子供に対して、躾けの一環として行なうもの。しかしお尻はエロチックゾーンであるからお互いの性感を刺激する。だから大人がセックスをより楽しむために、スパンキングをとり入れている。
 脂肪が厚く筋肉を覆っている。少しばかり強く叩いてもダメージが少ない。そういうわけで「気持ちよく痛みを感じるプレイ」として多くの男女に愛好されるわけだ。
 そんなスパンキングに対して「変態的なSMプレイだから」と嫌う人がいる。困ったものである。
 こないだも『スパンキング大全集』などというDVDの広告があって、内容を見たら、女を磔にして鞭で打つような、拷問プレイばかりだったので、がっかりすると同時に腹がたった。
 スパンキングは多くは素手で、他はベルトやヘラのような幅広のもので叩く。音は盛大に出るけれど皮膚は傷まない。鞭のような、強く叩けば傷つき血が出るような、そんな残酷なプレイではない。
 それなのに無知な人間が鞭を使う拷問や処刑プレイのようなSM行為までスパンキングだと思いこんでいる。まったく困ったものである。
 そりゃぼくだって鞭を使うSMプレイは嫌いじゃないけれど、誰に対しても楽しめるものではない。スパンキングのように安心して誰でも楽しめて興奮も高まる「愛の行為」とは違うのである。皆さんもこの違いをしっかり覚えてほしい。そのうえでスパンキングをおおいに楽しんでほしい。

(画像は、うれし恥ずかし楽し気持ちイイ、ラブスパンキングプレイの画像です。服は着けたまま下着だけおろさせて叩くのが基本)

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2008年10月15日 (水)

日本人のおっぱい観

このところ、春画のことを調べている。
 春画とは江戸時代に描かれた浮世絵のなかで、男女のセックスを描写したポルノ絵だ。これをいろいろ見てゆくと、不思議なことが分かってくる。
 乳房の描写が淡泊なのである。単にふくらみの頂上にぽつんと乳首が描かれているだけで、下の秘部では毛の一本一本まで細かく描写されているのとは大違いだ。
 しかも、そのふくらみを愛撫したり吸ったりという構図がきわめて少ない。浮世絵師のなかではいちばんの乳房マニアだったと思われる歌麿の作品にいくらか描かれているだけで、おっぱいの役割はひどく控えめなんである。
 これは西洋の絵画とはひどく傾向が違う。あちらは女性の乳房をエロティシズムの象徴のように扱い、ポルノ絵でも乳房を愛撫したり乳首を吸ったりしている構図は当たり前のことである。
 だいたいにおいて日本では豊かな乳房は嫌われていた。「鳩胸、出ッ尻(ちり)」といっておっぱいが大きいのとお尻が張りだしている女は尊重されなかった。今と反対である。和服もそういう女性は着にくいように作られている。
 ところが西洋では、裸婦だけでなく貴婦人や聖女の肖像などでも、胸をはだけているのはいくらでもある。夜会服なんか乳首まで見えそうなぐらい谷間を強調する。突き出ていればいるほどいいというのでコルセットで胴体をぎゅうぎゅうに締めつけている。
 その反面、日本人は昔から混浴していたし、幼児をもつ母親は公衆のなかでもおっぱいを出して乳を呑ませて平気だった。羞恥心という点から言えば、日本人のほうが希薄なんである。
 西洋人は女性のおっぱいを見て強く欲望を覚え、女たちはそれを知っていて見せつけるような服を着た。日本では男たちがおっぱいを見てもあまり欲望を覚えないし、愛撫もしたがらないので、女たちは強いて隠そうとしなかった。日本では女性の乳房は「赤ん坊のお乳をやる器官」でしかなかったのである。
 いま、ポルノの世界は「巨乳」「おっぱい星人」「スイカップ」「ボイン」(古いね)というふうに、乳房を強調する傾向があるけれど、これは日本人本来の伝統に反しているのである。生活が西洋ふうになったので女体に対する執着の度合いも西洋風になったのだろうか。それともマザコンが増えたのだろうか。不思議な現象である。

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2008年10月10日 (金)

女の下半身が変化している

 先週、「日本女性は上つきが多く、白人女性は下つきが多い。だから日本女性には輸入ショーツはフィットしない」と書いた。
 同時にmixiの日記にもそのことを書いたら、女性を中心にけっこうその話題で盛りあがった。
「そのとおりです。輸入ショーツはクロッチ(股布)の縫い目がクリトリスに当たってヘンな感じなので、はくのをやめました」なんていう意見があって、やはり白人女性に合わせたショーツは日本女性に合わないらしい。
 しかし、全然平気だという女性も少なくない。そういう人たちはどうも背が高く、体格がよい若い女性だ。
 人類学的にみると女性は上つきで生まれてくるが、膣口の位置は発育するにつれ徐々に肛門へと近づく。日本女性はその移動が早めにストップしてやや上つきになるが、白人女性はストップするのが遅く、その結果下つきになるらしい。
 だとすると最近の日本女性は、以前よりも膣口が移動する距離が長くなっているといういことだ。
 下着のセールスをしている女性によれば、最近の女性の体格はどんどん変化していて、以前は輸入ショーツはくとハイレッグになってしまうのが、ヒップに厚みが出てきて、ジャストフィットするようになってきているという。
 これは驚くべきことだ。男たちが知らないうちに(彼女たちだって知らないだろうけれど)、日本女性の下半身は膣口が肛門側に移動して下つきが増えている! これは地球温暖化・日本沈没にも匹敵する大変動ではないか!
 将来は国産のショーツも輸入ショーツなみに下つき用が増えてくるか、あるいは上つき用と下つき用に区別して売られるかもしれない。
 この変化は、たぶん食べ物の変化や、暮らし方の変化(椅子の生活が主、トイレも洋式でしゃがまなくなった)が影響を与えているのではないか、という気がする。性的に成熟するのが早まったせいもあるだろうね。
 では、女性の肉体が下つきに変化していって、男たちにどのような影響が出るだろうか? まあ、正常位が少しやりにくくなるが、脚をあげたり腰を持ち上げればどうということはない。反対にバックでやるぶんには具合がよくなる。女性はもともとバックでやられるほうが感じる——というのがぼくの理論。これからのセックスライフは、バックから攻めるのが主流になるかもしれないよ。(笑)

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