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2009年3月22日 (日)

セックスの学校

 社交ダンスは大学にいたころ教習所に通い一応のステップは身につけたのだが、タンゴのところでお金が払えなくなり、教わらないままで終わった。
 それが心残りで、いい年になってから「タンゴが踊れるようになりたい」と思い、教えてくれる所を探してみた。そうしたらタンゴだけを専門に教えてくれる教習所というのはあちこちにあることが分かった。
 その時に知ったのだが、たとえばベリーダンスとかフラダンスとか、いろんなダンスを教えてくれるところがこれまたいっぱいある。いや、ダンスばかりではない、おそらく人間の営むありとあらゆることについて教習所や学校や教室やスクールや塾といったものが無数にある。日本人はなんでも、教わること教えることにすごく熱心な国民だということが分かった。
 しかし、一つだけ教えたり学んだりする場がないジャンルがあるのだ。セックスである。街を歩いていてセックス学校とかセックススクールとかセックス教室というのを見かけたことがあるだろうか。ないでしょ。これは不思議なことだ。
 セックスがうまくできなきゃ夫婦生活がうまくゆかないし家庭も円満にならない。会社での働きにも影響が出るだろうし少子化につながれば国家が危うくなる。社会のすべての基本はセックスにあるのに、それをちゃんと教える場がない、というのが不思議だ。
 社交ダンスとセックスはよく似ているが、ダンスのほうは先生が手をとり足をとり、踊りかたを教えてくれる。セックスは誰も教えてくれない。みんなが手さぐりで「こんなものだろう」とやってるだけだ。
「それは前におまえが書いた『性行為非公然の原則』のせいだろう。セックスを教えるのはその原則に違反するから、本とかビデオなどの教材に頼るしかないのだ」と友人は言う。
 セックスのノウハウ、テクニックを教える本やビデオは、それはいろいろあるけれど、それでセックスが上達するだろうか。ここはやっぱり「手とり足とり」実地にセックスを教える学校が必要だと思うよ。
 恋人向けとか新婚カップル向けとか倦怠期夫婦向けとか、世代ごとに必要に応じた学校や教室やスクールのようなものがあって、そこでいろいろな達人が奥義を実地に教えて卒業させる。それでカップルが幸せになれば、家庭や会社や社会や国家はうまく機能するようになるんじゃないかな。政治家よ『セックス学校』を義務教育にせよ。(笑)

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姦通罪のあった時代

 先日、東京でも春の雪が降った。白いボタン雪が舞い降りてくるのを見て、思わず思いだしたのが北原白秋の短歌。
「君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香(か)のごとくふれ」
 一夜を共にした女性が、朝、自分の家へと帰ってゆく。その後ろ姿にハラハラと雪が降りかかる——といった男女の情愛を歌いあげた歌だが、ただロマンチックだけではすまない背景があった。
 時は明治45年、白秋が25歳、「君」というのは田村俊子22歳。白秋は独身だったが俊子は人妻だった。
 今なら単なる不倫ですむけれど、戦前までは人妻が夫以外の男性とセックスすると「姦通罪」を犯したとして、相手の男ともども牢獄に入れられたのだ。六ヶ月以上二年の懲役。
 白秋は俊子の夫から訴えられて逮捕され、俊子と一緒に市ヶ谷監獄に投獄された。周囲の奔走で二週間で釈放されたが、彼の社会的信用は地に落ち、白秋は長いこと苦しむ。これが有名な『桐の花事件』である。
 平成の時代に生きる若い人に教えると「信じられない」とみんな驚く。ホントなんだよ。だから人妻と不倫するなんて、当時は恐ろしいことだったのだ。投獄覚悟の恋愛だからね。人妻の女性記者と恋愛した作家の有島武郎は相手の夫に訴えると脅されて心中してしまったぐらいだ。(戦後、「男の浮気は不問にして女の浮気だけ罰するというのは不平等だ」ということで廃止された)
 そのことを今、人妻と恋愛中の友人に言うと「いやあ、今の世に生まれてしみじみ良かったと思うよ」と述懐していた。もちろん今だって不倫で夫婦関係を壊したら相手の夫や妻から多額の慰謝料を請求される可能性はあるが、それは民事事件だ。白秋のように「犯人」としてマスコミに大々的に報道されてはかなわない。
 この姦通罪は韓国と台湾には今もある。韓国では去年、人気女優が姦通罪に問われて「そんな法律は違憲だ」と提訴したが、最高裁は「合憲」と判断したというニュースが報じられた。かの国では性の倫理はけっこう厳しいのだ。
 恋愛中のその友人は「しかし、そういう危険をおかしても愛し合うというのだから、こりゃ当人同士は燃え上がるだろうね〜」と遠い目をしていたね。(笑)
 しかし、投獄まで体験した白秋と俊子は、俊子が離婚して自由の身になってから結婚したのに、三年で別れてしまった。男女の仲というのはうつろいやすく分からないものである。

画像は後世、「詩聖」とまでいわれた北原白秋。

Hakushu

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路チューにチュー意

 こないだJR山手線に乗ってたら、中年オヤジが怒鳴りだしたのでビックリした。
「おまえら何をイチャイチャしてるんだ。それで日本人かッ!」
 怒鳴られたのは彼の近くに立っていた大学生らしい若いカップル。抱き合いながら人目もはばからず軽くキスなんかしてたらしい。時間はまだ午後の早い時間だ。
 サラリーマンというより職人ふうの中年オヤジは、彼らの傍若無人の態度にがまんがならなくなったんだろう。ぼくを含めた乗客の大半はオヤジに同感だという雰囲気だった。周囲から注がれる白い目に耐えきれなくなってカップルは次の駅であわてて降りていった。
 今の日本、女性がおヘソやお尻を半分出して歩いても何も言われないけれど、夜中やひと気のない公園ならともかく、人目がある所で抱き合ってキスする「路チュー」は、やはり非難の目で見られるんだね。
 先頃も財界の大物氏が女性記者と路チューしてるのを写真週刊誌に撮られてしまい、物議をかもしてしまった。そんな目立つことするからだよ。
 自分の国では路チューが当たり前の欧米人も、そのあたりは敏感に察知しているらしく、外人だらけの六本木にいても、白昼堂々路チューをしているのを見かけることは少ない。
 このことを最近、人妻とラブラブ関係になってる団塊の世代の友人に言ったら、彼はこう答えた。
「おれもこの年で恋人が出来る前までは、路チューしてる連中なんて立ち小便以上に許せないと思っていたよ。まず奴らの『この世にいるのは自分たちだけ』みたいな、周りを無視した態度ってむかつくじゃないか。電車のなかで怒鳴ったオヤジは当然だよね。でもね、そう思っていたこのおれが、デートのあと駅で彼女と別れる時、思わず抱きしめて人目をはばからずチューしてしまうんだ」
 戦前、つまり六、七十年前の日本では、夫婦でもない男女が連れだって歩いてるだけで警官に咎められたという。路チューなどもってのほかだった。人妻とエッチしたのが亭主にバレたら姦通罪で刑務所ゆき。そんな時代に比べたら今は天国みたいに自由だけれど、ぼくを含めた中年オヤジたちはまだまだ路チューぐらいでも抵抗がある。まあ惚れた女と駅の改札口でチューするぐらいは許してやってもいいが。(笑)
   

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セーラー服を捨てないで

 卒業式シーズンを迎えると、いろいろな業界が活気づく。あまり目立たないけれど「中古セーラー服業界」も活発になる。
「そんな業界がどこにあるんだ」と思われるだろうがネットオークションの分野にあるんである。
 セーラー服というのは、現役の女子中高生にはあまり人気がない。おもしろいことに、かえって社会人になった女性や男性に根強い人気がある。
 ぼくの知っているOLの女性は、ネットオークションでせっせと有名女子校のセーラー服を落札で手に入れている。
「自分の学校は制服がなかったから、ずっとセーラー服を着てみたいと思っていたの。ある時、ネットの古着屋さんでセーラー服が出品していたから思い切って落札して、届いたのを着てみたら、自分が別の人生を歩いてる少女に変身してみたいで、すごく楽しい気分になった。それ以来、いろいろなセーラー服を着てひとりコスプレを楽しむのが私の癒しタイム」
 こういう「癒し効果」をもたらすというのがセーラー服のもつ魅力というか魔力だ。もちろん男性には圧倒的な人気がある。妻や恋人に着せたがるのはもちろん、自分が着て楽しむ女装マニアも多い。そういうわけでセーラー服の需要は増えることはあっても減ることはない。
 ただネットで売られているのはコスプレ用として作られた新品が多い。安いけれど味はない。人気も薄い。やはり実際に女子中高生が着たセーラー服は人気があり、高い値段で売り買いされる。知られていない学校のセーラー服でも最低五千円ぐらいで売れるはず。名門校ならそれこそ十万、二十万という値がつくのも珍しくない。
 この時期、「もう着ないから」とゴミとして捨ててしまう家庭が多いだろうが、そういう捨てられたセーラー服を拾ってネットに出す人間もいるのだ。捨てる側は知らずに五千円札や一万円札を捨てていることになる。
 もしあなたの身近に今年卒業してセーラー服が要らなくなったお嬢さんがいたら、ぜひ譲ってもらうといい。その時には「あまりきれいに洗わない」「付属のスカーフや学校のバッジなどももらう」「体操着や水着もあったら一緒にまとめて貰う」などに注意しよう。出品時期は、ある程度品薄になった夏から秋以降がいいだろう。いまや「もったいない」が合い言葉のリサイクル時代。使用ずみセーラー服は貴重な資源なのだよ。

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人妻と風俗プレイ

 ひき続き「オフ会でパートナーを見つけた友人」の話。ちなみに彼は「団塊の世代」である。
 パートナーの人妻さんとは定期的にデートしてSMプレイを楽しんでいるのだが、最近は「風俗プレイ」にハマってるらしい。
 きっかけは彼女に買ってやったベビードール。真っ赤でメッシュのスケスケで、ショーツなんか完全にヘアーが見えてしまう。
 「それを見てたら、以前、ピンサロに通っていた頃、熱をあげていたピンサロ嬢を思い出して、彼女にやらせてみたんだ」
 その人妻さんは風俗の世界のことなどまったく知らない。ピンクサロンといっても「おさわりして楽しむだけ」の場所だと思っていたらしい。「シートの上でフェラチオして、相手を口で射精させてやるんだよ」と言ってやったら驚くと同時に激しく興奮もしたらしい。
 これがマジメな関係だったら「私をそんな商売女扱いするわけ?」と怒られるかもしれないが、SMに関心があったぐらいだから、風俗嬢と同じ行為をさせられることで、マゾ的な感情が刺激されたんだろうね。彼女はスケスケのべビードールを着ただけで気分はピンサロ嬢。彼が教えるとおり、ピンサロの店内でやるようなエッチをやらされて、激しく感じてしまい、二人ともおおいに満足したという。
「それに味をしめて次はスケベ椅子のあるラブホでソープランドに挑戦したんだよ。マジメな人妻だった彼女にとっては、教えられることすべてが新鮮な行為だから、もう熱心にソープ嬢になりきってくれた」
 友人は「今度はマットも用意しているラブホでもっと本格的なソープ嬢遊びに挑戦してみる」と言っている。
 女性には娼婦願望の持ち主が多い。だから「もし自分が風俗嬢になって、客の相手をするとしたら……」という妄想も抱いているに違いない。そういったロールプレイを導入したエッチな遊びは、確かに彼女たちを燃えさせるだろう。
 そこで考えたのだが、かつて風俗に勤めた女性が腕に覚えのテクニックを、マジメな人妻に伝授してあげる——というビジネスはどうだろうか。
 倦怠期に入った夫婦が元風俗嬢の「先生」を招くなり訪ねるなりして、妻が教えられて夫を相手に実践してみるという「授業」は一種の3Pプレイになるわけで、考えただけで興奮するではないか。(笑)

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