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2009年9月10日 (木)

懐かしのセーラー服美少女

 性的な趣味やフェチは少年時代に決まることが多い。ぼくのセーラー服趣味(着るんじゃなくて眺めるほうね!)は、ぼくが小学校の五、六年生のときにたまたま目に留めた雑誌の挿絵が決め手になっている。
 友人の家に遊びに行った時、たまたまボロボロの表紙の『譚海』(たんかい)という少年雑誌があった。その頃、マンガが少なく活字が多い『譚海』は、小学生にとっては近寄りにくい雑誌だった気がする。
 さほど興味もなくパラパラとめくっていたら、ある小説の挿絵に描かれたセーラー服美少女が目に飛び込んできた。セーラー服を着た可憐な美少女が虎に襲われて、そのセーラー服がズタズタにされているという絵柄だ。二枚目、三枚目は黒いパンツ一枚になって乳房がはっきり描かれている。
 いやあ、興奮したなあ。(笑)その絵に惹かれて本ごと盗んでしまおうと思ったけど、できなかった。その絵の美少女がぼくのSM趣味、特にセーラー服を着た美少女を虐めたいという性向を決定づけたと思っている。
 作者は江戸川乱歩、タイトルは『人間豹』とだけしっかり覚えていたのだが、成人してから調べてみると、原作では虎に襲われるのは銀座のカフェのウエイトレスで少女ではない。狐につままれた思いでいたが、推理作家協会に入会した時に江戸川乱歩研究家のかたとネット上で親しくなり、その縁で乱歩マニアのかたがたが「そういう挿絵がのった雑誌があるかどうか調べてみましょう」と言ってくれた。『人間豹』は戦後、別な作家の手で少年向けにリライトされて『譚海』に連載されたという。ぼくが見たのはリライト版の挿絵だったらしい。
 それから数年、今はほとんど消失してしまった『譚海』のその号を探す作業が続けられて、ついにある日、ひとりの方から「これがお探しの挿絵でしょう」とコピーが届けられた。ひと目見てぼくは感動してしまった。少年の日、それを見て夜も眠られないほど感激させられたセーラー服美少女がそこにいた!一時はぼくでさえ「記憶の間違いかな」と疑ったのだが、確かに存在した絵だったのだ。
 何人ものマニアのかたがネットを通じて連絡をとりあい、とうとう一人のかたが古書市場でその号をゲットしてくださったのだ。インターネットというものがなければ、これほど密な情報の共有や伝達は不可能だったろう。悪い影響もいろいろ言われるインターネットだが、こういう恩恵というか効用もあるのだ。

(画像は、『少年少女 譚海』の昭和27年(1952年)10月号。江戸川乱歩原作の『人間豹』第二回に掲載された挿絵。画家は成瀬一富)

Ningenhyou01

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剥ぐ男

 ある女性編集者と話していて、男性のフェチについて質問された。「下着フェチとか髪フェチといいますが、具体的によく分からないんですよね。特に興奮させるものというのがフェチですか」
「とんでもない、フェチというのは、本来、そんな生易しいものではありませんぞ」と、北海道のC市で起きた実例を用いて説明してあげた。その事件とはこうだ。
 若い母親が幼子を抱いて夜道を歩いていたら、いきなり刃物を持った覆面男に襲われた。どう考えても強姦魔だ。
 母親は「何でも言うことをききますから、子供に危害を加えないで」と哀願した。男は彼女を公園の人目につかない東屋に連れてゆき命令した。「よし、パンティを脱いで渡せ」
 彼女は言われたとおりに穿いていたパンティを脱いで男に渡した。さあ、次は犯されると覚悟した母親だが、驚いたことに男はパンティを受け取ると、そのまま走り去った!
 つまりこの男は包装されたまんじゅうの、包み紙だけが欲しくて菓子屋を襲ったようなものである。いくらでもまんじゅうを食べられるのに、そちらを見向きもしないで。
 人を襲って身につけているものを奪う犯罪を「剥奪盗」というのだが、こういった下着剥奪盗やハイヒールなどの履物剥奪盗はしばしば発生する。言ってみればフェチ強盗だね。
 レイプしようとすれば出来るのに、生身の女体より下着や靴や靴下を脱がせて持ち逃げする心理は、常人には分からない。バカバカしいとしか言いようがない。そこで「うん、その気持ち、よく分かる」と思った男だけがフェチストの資格があるのだ。
 ナマの女体なんかどうでもいい。下着や他のもののほうに興奮しそれを求める——それが真のフェチなのだ。「巨乳フェチ」とか「豊満ヒップフェチ」女性なら「渋い声フェチ」などというのはフェチでも何でもないんである。
 そうやって説明してあげたら、くだんの女性編集者は「よく分かりましたが、それにしても襲っておいてパンティだけ盗って逃げるなんて、女にしてみたら侮辱ですよね……」と複雑な表情をしていた。
 そりゃあ見知らぬ男にレイプされるほうがずっと傷つくだろうけど、自分の肉体に見向きもされない——というのも自尊心は傷つく。これは干してある下着を盗まれた女性とは、また違った傷つきかただろう。フェチ強盗も女心を傷つけるという意味ではタチの悪い奴なのだ。

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女性の〝早漏″とは

 某SNSのコミュニティで「女性にも男性のような早漏ってあるの?」という質問がたった。
 簡単なようで難しい問題だ。しばらくどうやって解答しようかと迷った。
 男性の「早漏」は分かりやすい。ペニスは刺激されて快感を得、それが高まってオルガスムスに至り射精する。その過程が早すぎるのが早漏だ。
 女性となると男性よりもずっと複雑だ。オルガスムスといっても三種類ある。クリトリスと膣、それと精神だ。
 クリトリスでイカせるのは男性と同じ感覚なので分かりやすい。また男性と同じように一度イッたら短時間で覚めて、それ以上刺激を欲しない。
 クリトリスが敏感で性欲が強い場合、早くイク女性は少なくない。ぼくはあるOLが「朝起きた時にクリちゃんが勃起していて、パンティをはいてひきあげた時に布地の摩擦でイッてしまうので困る」と聞いたことがある。
 問題は膣でどれだけ早くイク女性がいるかということだ。別のSNSで好き者たちに聞いてみたら、男性の一人が「前に突きあっていた彼女は、横臥位でおれが背後からペニスをあてがうと、二度、三度と自分の手で入り口にこすりつけてイッてしまい、それで満足して眠ってしまうのが常だった」という。深く挿入やピストンをしないでもイケる女性はいるということだ。
 そういう挿入とか刺激とか無くてもイッてしまう「精神的オルガスムス」を味わえる女性の例はあちこちで聞く。
 たとえば縛られる願望が強いマゾ女性は、体に縄をかけられただけイッてしまうことがある。それはぼくも何度か目撃した。
 しかし、なかでも一番印象的なのは伝説の縄師、今は亡き明智伝鬼氏から聞いた話だ。
 地方に住む明智氏のファンの人妻さんがいて、一度縛られてオルガスムスを味わってからは、家族に内緒で年に一度か二度、上京して氏の事務所を訪ねてプレイしてもらうのが恒例になった。
 人妻という身だからそうそう簡単に来られない。だから欲望をこらえつつ悶々としながらお金を作り時間を作って、ようやく上京してくる。その人妻さんは明智氏の事務所のドアをくぐった途端にオルガスムスに達して、「あーッ」と叫んでバッタリ倒れてしまうのだ。
 性器をどうこうするという以前に、思いが高まってオルガスムスに達してしまう。男よりも女性の心と体はずっと神秘的だ。
 

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官能小説の泣きどころ

 ぼくの書いた官能ポルノ小説は、これまで百五十冊以上が出版されている。デビューしてから三十年、官能作家としてはこれで寡作なほうだ。
 初期の頃の作品は忘れられているのも多いので、あちこちの出版社さんから声がかかって再刊されることが多くなった。選び直した短編集も何冊か刊行されている。ありがたいことである。
 そうやって古い作品をまた世に出そうという時、頭の痛いことがある。作品の出来がいくら良くても「これは出せませんね」と編集者が取り上げてくれない作品が少なくないのだ。現在の基準では公表できないテーマや表現が含まれているというのだ。
 それは何かというと、少年や少女が性的な体験をする、という部分。昨今は児童ポルノ法制定が叫ばれているように、未成年を扱った作品に風あたりが強い。ぼくがデビューした頃は少女の割れ目ヌードが堂々売られていたほど、そこらへんはおおらかだった。それが一転して、今や「宮沢りえのヌード写真集を持ってるだけで罪にしろ」という時代になってきた。
 まあ、いたいけな少女幼女をモデルとしてワイセツなポーズを撮っている写真集は、ぼくも問題だと思うけれど、自分の作品で未成年を扱ったものが「出せません」と言われると困ってしまう。つい最近も、ある青年が少年時代に熟女に誘惑された体験というのを小説にしたら、編集者から「これはちょっと……」と難色を示されてしまった。
 ぼくは必ずしもロリコンがメインの作家ではないけれど、成人の性愛を描くにしても、大人の性的な好みは子供時代の体験に基づいている。たいていの大人は子供の頃に経験した何かに影響されて性的な好みが決まるものだから、その部分を「書いてはいけない」ということになると、大変困るのだ。
 特にポルノ小説の場合、そこを描かないと、主人公は単なる色欲に狂った男女、変態フェチ人間みたいになって、作品に深みやリアリティをもたせられない。読者も感情移入しにくい。そんなふうになったにはわけがある、というところをぼくは描きたいのだ。それが描きにくくなってきた。困ったものである。
 児童ポルノ法そのものの趣旨に反対するものではないし、賛成もするけれど、小説作品については「ストーリー成立に必要なものは書いてもいい」としてくれないと、ぼくのようなタイプの作家は食ってゆけなくなるんである。頼むよ。(笑)

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精液の美容効果

 団塊の世代のくせに人妻とラブラブになってる友人がニヤニヤしながら言った。
「最初に逢った時より今のほうがずいぶん美人でイキイキしているように見える。これは彼女がぼくの精液を飲んでくれるせいかな」
 その人妻さんは自分の夫とはまったくセックスしていなかったそうだ。彼とデートしてセックスする時はコンドームを使っているが、生理の時などはフェラチオで満足させてくれ、口内発射すると精液をごっくんしてくれるという。この時、発射に合わせて強く吸ってもらえると射精の快感が倍加することは前に書いた。彼もそうしてもらって魂が溶けるような快楽を味わっている。けしからん奴だ。
「精液を肌に塗ったり飲んだりすることは健康と美容にいい」とはよく聞くことである。しかし「AVを作る男たちが女をだますためのウソ。都市伝説でしかない」という反対論もある。どうなのだろうか。
 精液それ自体はタンパク質にミネラル、男性ホルモンを含んだ、無害な物質である。稀に抗精子抗体によるアレルギー反応を示す女性がいるが、そうでないかぎり肌に塗っても飲んでも害はないはずだ。人によっては「亜鉛もたっぷり含んでいるし、有益なサプリメントだ」と言う。もちろん相手が性感染症ではない健康な男性だったらの話。
 では有益なのか、という部分でいろいろな考察がされているけれど、肌から美容成分が吸収されるので美肌効果がある、というのはまったくウソのようだ。
 ただ、発射されたばかりの精液を飲むことは男性ホルモンのプロスタグランジンを摂取することになる。これは子宮収縮作用をもつことで知られていて、これが子宮を刺激する可能性はある。また検出されていない未知の物質もあるし、百種以上もある成分の組み合わせがどのような作用をもたらすか、ほとんど分かっていない(そういう研究がされていないのだ)。
「それよりもあんなまずそうなモノを飲むこと自体、健康に悪いのでは」という意見もあるが、その人妻さんは「ちっともまずくない」と言って喜んで飲んでくれる。嫌いでなければ問題はないし、たとえまずくても相手に満足感を味わってもらう喜びが味を帳消しにしてくれるだろう。
 いろいろ調べてみて、その人妻さんが美しくなったのは、惚れた男とセックスして自分も快感を味わうことによる満足感、充実感によるものだろうと思う。いいセックスすれば女はきれいになる。それでいいのだ。(笑)

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若者の匂い

 先週は「男性用コロンの匂いをパンティにしみ込ませて嗅がせたら、男性も女性も女性用香水の匂いと錯覚した」という実験について書いた。今週も匂いについて感じることを書いてみよう。
 暑くなると男女とも肌の露出度が増す。汗もかきやすい。当然、体臭が強くなるはずだが、最近は人ごみのなかでも「人間の体が発する本来の匂い」を感じる機会が少なくなった。
 ぼくの仕事場は高田馬場にある。周辺は大学や専門学校が多く、若者の姿が特に多い街だ。ここに来ると「日本が老人大国になったなんてウソだ」と思うぐらい、若者たちがひしめいている。まあ、その一方で田舎から若者の姿が消えているんだろうけど。
 そういう街の、たとえば駅などで二十歳前後の若者とすれ違う時、相手がむさ苦しい格好で、髪も髭もぼうぼうという姿だったら「うわ、こいつ臭いだろうな」と警戒する。
 ところが現実には、全然、臭くないのだ。いや、男性用化粧品のすがすがしい匂いがして、意外に思うことが多い。今どきの若い人は、この時期に特有の獣じみた牡(おす)特有の匂いをほとんど発散していないのである。
 むさ苦しくわざと見せていて、その実、出かける前はシャワーを浴び、そのあとは念入りに体臭を消すコロンをふりかけているに違いない。だから満員電車で密着しても、体臭に悩まされることは少なくなった、というかめったに無い。
 その年頃の身内に聞いてみたら「だって臭かったら友達に嫌われる」と言う。女の子を気にするのが当然の若者が、なんと同性の嗅覚を刺激することのほうを恐れているのだ。
 しかし、これって少し問題じゃないか。体臭は異性をひきつけるための重要な要素だ。ぼくは別に男の匂いを嗅ぎたくはないが、女性の少し汗ばんだ肌から香りたつ体臭は好ましい。本来、男も女も、その匂いで性欲をかきたてられ、異性を求める行動を起こすようになっている。
 現在、女よりも男、それも性行動がもっとも活発なはずの若者の肌から体臭が失せ、コロンの匂いばっかりするというのは、これこそ少子化につながる重大問題のような気がする。体臭を消すことに熱中するあまり「男として魅力的な匂い」まで消してしまっては、女をその気にさせられない。若者よ、もう少し「男くさく」なれ。

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匂いをどう表現するか

 毎年夏になると、ある新聞社から「官能ポルノの書き方」を教える講座の講師役を頼まれる。今年で五年目になる。
 今年の講義は先日に終えたのだけれど、今回は話ばかりではなく、受講者に実際に文章を書いてもらった。そこで、ぼくとしても実験的な試みをやってみた。匂いを文章でどう表現するか、それを問題にしたのだ。
 まず知り合いの女性からピンク色のセクシーなパンティを提供してもらった。それにぼくが使っているオーデコロンをふりかけて、匂いが飛ばないようにビニールの袋に入れて密閉しておいた。
 講義の時、参加者全員に「この布にしみこんだ匂いを嗅いで、どんな匂いか表現してみなさい」と筆記問題を出したんである。
 透明な袋を開けてなまめかしいパンティに鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ男女、およそ四十名。知らない人が見たら驚くような光景だったろう。(笑)
 このコロンは「ロ・ブリュ・ディッセイ」というメンズ用のものだから、甘さがない。ふわりとした柔らかさがない。柑橘系をベースにしてスパイシーと称される渋みがあり、「ああ、男がつける香料だな」とすぐ分かる匂いだ。
 ところが回答を集めると、柑橘系が主であることを指摘できたものは何人かいたものの、これが男性用の香料だと分かった受講者はわずかに一人だけだった。
 たいていが「甘いふくよかな」とか「甘酸っぱい女性的な匂い」と書いてきた。まあ、女性の肌に着ける悩ましい下着から立ち上る匂いだから、そう書いておけば間違いない、と思ったのだろう。
 これが男性用のコロンで、ちっとも女性的な甘さのない香りだと知ってほとんどの受講者は(女性も)がく然としていた。
 つまりみんな「目」で匂いを判別していたのだろう。もしただの布きれにしみこませていたらもっと的確に嗅ぎわけられたかもしれない。
「それ以前に、なんでも『甘い』とか『あま酸っぱい』と形容してしまわないように」と注意したのだが、匂いをどう文章で表現するか、実はどんな作家もいちばん苦労するところなのである。その難しさを分かってもらおうと試みた設問だったが、ちょっと意地悪だったかな。でも色っぽい質問だったせいか誰にも文句は言われなかったよ。(笑)

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