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2010年8月27日 (金)

日本人のキスはなぜダメ?

 ある人妻さんとラブラブの友人が憤っていた。「外人がよくて日本人はどうしてダメなんだッ!?」
 それはネットの某所で公表されていたアンケート調査の結果。質問は「駅や空港など公共の場所でのキスをどう思うか」というもので、回答者の66パーセント、実に7割近くが「あまり見たくない、やめて欲しい」と否定的に答えているんである。
 ぼくの友人が恋人の人妻さんと会えるのは月に一回か二回、それだけに別れる時はつらい。どうしたって抱きしめてチューしたくなる。たいていは離れ離れになる駅の改札とか出入り口だけど、ここはいつも人が多い。中年の不倫カップルとしては抱き合うのはためらわれる。人の目を気にしながらのあわただしいキスが精一杯、
「どうして日本では、公共の場での愛情表現は許されないのか」と怒り、嘆くわけである。
「こっちだって見せつけたくてやってるわけじゃない。それだったら周りを囲った『キス専用場所』というのを作ってくれ!」
 そうなんだよねえ、アンケートするまでもなく、日本人は男女が人前でキスするのを快く思わないという風潮は以前から強くある。そういう伝統がなかったといえばそれまでなんだけど、戦後、男女の交際がここまで自由になって、いまなお、路チューのような「軽いキス」でも嫌悪されるのが分からない。
 面白いのは、アンケートに否定的な回答をしたのは女性のほうが多く、なかでも「外人なら許せる」とつけ加えた女性が多かった。これはいったいどういうことなんだ?
「欧米人は生活のなかでキスはふつうになってるから、日本に来てもそれを続けることは、まあ仕方ない」ということだろうか。確かに欧米男女は親密な感情表現が豊かでスマートだ。だったら「日本だって負けないぐらいに豊かにしよう」と対抗心を燃やして路チューの洗練にはげむ、というのが正しい方向だろうにね。
 それとは別に「外人のキスは別世界。映画とか小説のようにロマンチック。日本人同士のキスは、なんだかポルノ的で卑猥な感じがする」という意見もある。どうも日本人はこっちの感性が強く、公共の場でのキスを「いやらしい、不快」と見てしまうのではないか。
 映画、小説、マンガのなかではすさまじい性行為が溢れかえっているというのに、人前では路チューでさえ避けられる。ポルノ天国と言われる現在の日本でも、意外なところで禁欲的ブレーキがかかってるのが面白い。ぼくにしたって自分がやるのは許すけど、あんまり人のは見たくないからねえ。(笑)

Miley_cyrus_kiss


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2010年8月22日 (日)

「花びら」の効用

 官能小説では女性の性器を花にたとえることが多い。そのなかで「花びら」と称する部分がある。小陰唇のことだ。
「なんだ、ビラビラか」と言ってしまっては情緒も何もない。あえて「花びら」とか「花弁」と書くことで色っぽい気分が盛り上がる。
 小陰唇は少女期には未発達だが、成熟し性体験するようになると発達して花弁状に割れ目の左右に展開してゆく。色や形は千差万別、個人差が非常にある。
 先日、友人のひとりから相談を受けた。なんでも彼の恋人が「花びらが大きすぎて醜い」というコンプレックスにとらわれて、見られたりクンニされたりするのをイヤがるというのだ。彼から言わせると特に変わってはいないが、当人は異常だとか奇形だとか思いこんでいるらしい。
 この悩みの解消は簡単だった。ちょっと高いが『日本女性の外性器——統計学的形態論』(笠井寛司著)という本がある。これを借りてきて彼女に見させてやったのだ。
 この本には何百人という女性の性器の写真が掲載されている。これをひと目見ただけで彼女は「自分の花びらはふつうの部類なんだ」と理解して、コンプレックスはふっとんでしまったんである。めでたしめでたし。(笑) 
 一緒にそれを見た友人が本を返しがてらにぼくに疑問を呈した。
「どうしてあんな花びらみたいなものが腟の入口にあるんだろう? 何か役目があるのかな?」
 うん、そのことはぼくも気になって調べたことがあるのだよ。解答は笠井寛司博士が書いた解説書のなかにあった。なにせ数千人の女性器に触れて観察したり計測したりしたその道の権威が言うことだから、ぼくは信用している。
 笠井博士によれば「小陰唇は興奮すると充血してふくらみ、開いていたのがすぼまって筒形になる。そうすると腟がさらに延長したようなもので、ピストン運動するペニスは抜けにくく長いストロークが可能になり、からみつかれるので快感も増える」のだそうだ。
 ぼくは最初「本当かね」と思った。まあ男性は結合した時、腟の入口がどんなふうになってるか観察したりはしないからね。
 のちにさまざまな資料映像(裏ビデオ)で、花びらがペニスにからみついて腟の延長になっている現象を目撃し、博士の説が正しかったことを知った。しかしこれも個人差が大きい。キミの彼女の花びらがそうならなくてもがっかりしないでくれたまえ。

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オトコノコの時代

Miyuu_tr

「オトコノコ」がモテモテだ——と書くと、「何のことだ?」と思う人も多いだろう。ふつうの「男の子」ではなく「男の娘」と書いて「オトコノコ」なのだ。つまりは「女の子の格好をした男の子」のこと。これが今、ブームなんだね。
 女装というと、これまでは特殊な世界にいる特殊なヒト」というイメージが強かった。どんな男性でも心のなかには女性が潜んでいる——とずっと書いてきたけれど、体は男なのに心は女という人がいて「自分は実は女なんだ」と思っていると、服装や化粧や態度や手術などで女になろうとする。かつては、こういう「ねじれ現象」が強い人たちだけが女装してきた。
 ところが最近は、それほどねじれてないのに軽いノリで「女の子になってみましたあ」という青少年が増えてきたんである。ネット上ではフリフリヒラヒラの服を着てかわいくメークした、どこから見ても今どきの女の子に変身した姿をさらすブログが山ほどあるし、そういうオトコノコのための雑誌も刊行されてる。コミックやライトノベルの分野では女装美少年モノは、いまや売れ筋の分野だ。
 ぼくはどういうものか女装した美青年美少年が好きな性格で、そういうテーマの作品もずいぶん書いてきた。なので、こういうブームの到来は大歓迎なのだが、なぜここに来てオトコノコがもてはやされるようになったのか、それが不思議だった。
 本来男の子は、自分が「女のようだ」とか「女の子っぽい」と思われたり言われたりするのを嫌うもので、出来るだけ「男っぽい」とか「男らしい」と言われたがる生き物だったはず。もちろんセックスの対象も女の子で、同性に対して女のようにふるまう、というのはゲイとみなされたものだ。
 ところが最近は、必ずしもゲイではない青少年ができるだけ女の子っぽく変身して「見て見て〜」と自分をさらけ出し、それを「かわいねー」ともてはやす男の子がいっぱいいる。女装の世界はガラリとさま変わりしてしまったのだ。
 こういうオトコノコ世界がどうして発展したのかというと、一つはコスプレ文化の爛熟が考えられる。自分以外の何かに変身したい願望を簡単にかなえられる時代になって、男の子が女の子になったっていいじゃないか、という機運がひろがった。
 そしてもう一つは、「草食系男子」という言葉に象徴される「むきだしの性欲を嫌う青少年」が増えたということらしい。うーん、字数が尽きたので、この問題はまたとり上げることにしよう。
 
(画像は8月7日に開かれた「サンスポ官能小説講座」に、講師(ぼく)のアシスタントをつとめてくれた「来栖美憂」ちゃん。いまのオトコノコ時代を代表するオトコノコである)


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英語で風俗あそび

 最近、楽天とユニクロが、相次いで「社内公用語を英語にする。英語が話せない社員はゆくゆくクビにする」という決定をして、英語が苦手な日本人は大騒ぎになった。
 もちろん反対意見が多い。ネットでも「まず日本語をちゃんと話せるようにするのが先決だろう」「仕事ができるのに英語ができない人と、仕事はできないのに英語は話せる奴とどっちが大事だ」と批判する声が大きい。
 日本国内で日本人相手に商売している企業が英語を社内公用語にしたら問題だけど、グローバルに活動している企業なんだから、英語で仕事できる社員のほうが使いやすい。「英語ができなきゃ、そんな会社にいないで他のところで働いたら」というのがぼくの意見。はは、ぼくの業界(官能小説)では英語はまず無縁だからね。(笑)
 考えてみると中学校から英語を学び、大学を出てからも英語学校に通ったり個人教授も受けたりして、ぼくもずいぶん英語を話せるようになろうと努力した。それでもまだ、かろうじて最小限の意志を伝えるぐらいの会話力しか身についてない。実に情けない。
 そんなぼくでもある部分では英語に強い。それはポルノ小説。昔は海外のポルノ小説は翻訳が少なかったので、どうしても原語で読むしかなかった。おかげで英文ポルノは今でも案外スラスラ読める。そりゃ何が書いてあるか知りたくてたまんないからね。熱心に勉強したわけだ。(笑)
 つまり「必要な状況であれば英語は身につく」ってこと。ということは日本国内でも英語が必要な状況に身を置けばいい。そこで考えたのが「英会話増強風俗店」。
 そのお店にはすごいセクシー金髪美女ばっかり。しかし日本語はまったく通じない。彼女たちとプレイするにはどうしても英語で交渉する必要がある。
 時間、料金、どこまでやるか、それを決める段階から英語。プレイに入っても段階があって、服を脱いでくれ、パンティを脱いでくれ、そこに横になってくれ、フェラチオしてくれ、●●させてくれ……、全部英語で相手に分かってもらわないと相手が動いてくれない。
 この方式だと「金髪女とやりたい」という強いモチベーションがあるだけに、みんな必死になるに違いない。英語で交渉する能力がいやおうなく身につく。しかも最後に相手が採点してくれて、高得点だとプレイ料金が安くなる。(笑)
 我ながらいいアイデアだ。どこで従業員を見つけてくるかが問題だけどね。

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エロ本を「自炊」する

 以前、この欄で「エロ本の隠し場所」と題して電子書籍のことを書いた。
  iPad (アイパッド)のような電子書籍端末(リーダー)を使えば、何千冊という本をそのなかに取りこめる。これからはもうエロ本を隠す場所に悩むことはなくなる——という内容だった。
 それに関してはネットでも情報がひっきりなしに流されているのだが、最近はしきりに「自炊」という用語が飛びかっている。知らない人が読んだら「電子書籍と自炊がどこで関係あるの?」と悩むだろう。
 この「自炊」は自分で食事を作ることではない。個人が既存の本を電子書籍にすることを言うのだ。
 一冊の紙の本を電子書籍にするには、内容を全部、デジタルデータという電子信号に置き換えなきゃいけない。それを個人がやることは難しかったので、これまでは専門の業者に金を払ってやってもらっていた。
 ところが最近は、その作業が誰でも出来るぐらい簡単になった。「自分でデータを吸い取る」ことから、その作業を「自炊」と呼ばれるようになったらしい。
 スキャナーとパソコンがあれば誰でもできるので、今は本好きの間にちょっとした自炊ブームが起きている。自炊専用のスキャナーも飛ぶように売れていると聞く。これならもうエロ本の山にもう悩むことはない。みんな自炊しちまえばいいのだ。
——ところが「自炊」には一つだけネックがある。両面スキャナーにかけるためには一度、本をバラバラにしなければならないのだ。そのための断裁器も売られているのだが、これにかけると本は「紙の束」になってしまう。だから大事な本を「自炊」するのをためらう人はまだまだ多い。紙の本をバッサリと紙くずにしてしまうわけだからね。
 驚いたことに最近は、その断裁された本がヤフーオークションのような市場に出品されだした。ほとんどタダ同然なそれを買えば、すぐに自分で電子書籍にできるわけだ。究極のリサイクルとも言えるが「それでは著作権はどうなる」と問題視する人もいる。
 ぼくは個人所有の範囲なら「自炊」はおおいに賛成だ。仕事場にはSMやポルノ関係の本や雑誌が山になっていて、ずっと置き場に悩んできた。それが解決するのだからスキャナを買うぐらいなんでもない。しかし、本をバサッと断裁する時は、やっぱり胸が痛むだろうな。紙の本で育った世代だからね……。

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