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2013年6月28日 (金)

道になりたい男

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(イラストレーション by 中村成二)

 先日、神戸市東灘区で、道路の側溝に寝そべり、鉄板の蓋の穴から道行く女性のスカートを見上げて下着を覗いていた男性(26歳)が逮捕され、話題になった。
 たいていのマスコミは「ド変態」と呼んであざ笑うのがほとんどだった。この男性はそれまで何度となく側溝にもぐり込んでいたらしく、警察にもマークされていたという。確かにそれだけの熱意と努力をもっと有益なことに向けていたら、と思わないでもない。
 ぼくが「へえ」と思ったのは、そのあとの報道で、彼が「生まれ変わるなら道になりたい」と言ったと伝えられたのを読んだ時だ。「これは名言だ」と思った。
 だいたい、こうやって「ド変態」と呼ばれるようなバカバカしい行為をした男に、どうしてか同情し理解してしまうところがあって、それは公然と言うとまずいからあまり大きな声では言えないんだけれども、今回はちょっと言ってしまおう。
 ネットでの反応は、たいていがバカにしてあざ笑うのが大半だけれども「その気持、よく分かる」という声だってかなりあった。
 つまり「道を歩く女性のスカートの下を覗きたい」という欲望は、男たちに普遍的なもので、みんな本音を隠して「ド変態」などと言ってるわけだ。もし仮にだよ、神様が「十分ぐらいだけどおまえを道にしてやる。どこの道にして欲しいか」と言われたら、みんな喜んで、それぞれ希望を言うに決まっている。「いえ、道になんかなりたくありません」とキッパリ断るやつのほうがド変態だろう。ぼくなら近くの某有名女子高の校門前の道にしてくれと……。
 まあ、あまり言うと問題が生じるから、それ以上は言わないけれど、こういう事件が起きて騒がれることが絶えないというのは、ひとえに女性がスカートを穿いて、ある拍子、ある角度からなら下着が見えるようにしているところにある。
 女性がズボンをはけば、覗き問題は一切生じない。そういう規制をしないで、やたら短いスカートにして「見えそうで見えない」状態を維持してるところに原因がある。
 いや、誤解されると困るんだが、スカートを禁止しろと言ってるわけではない。そうなったら世の中真っ暗である。
 ううう、何が言いたいのか自分でもよく分からなくなってきたが、ホントに男ってどうしようもないヘンな生き物だねえ。たとえスカートの下を覗いても見えるのはパンツ。あの部分は隠されている。それなのにどうして見たがるんだ。うーん分からん。

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2013年6月22日 (土)

児ポ法は禁酒法に似てる?

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(イラストレーション by 中村成二)
 私の周囲には、マンガの愛好者やマンガ家や、映像や文章の創作家(アーチスト、クリエイター)が多い。そういう人たちが寄るとさわると問題にしているのが、どうも成立してしまいそうな新・児童ポルノ禁止法。
 反対する人たちの間で一番問題になっているのが「自己の性的好奇心を満たす目的で、児童ポルノを所持した者に、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を課す」という、いわゆる「単純所持」の条項。つまり、ただ持っているだけでも罪に問われることになる。「それは悪いものなんだから、当然だろう」と思うかもしれないけれど、その定義というのがまことに曖昧なんである。
 未成年の児童のヌードや下着姿が写っているものをすべて犯罪とすると、国会でも議論になった宮沢りえのヌード写真集『サンタフェ』も捨てなければいけないし、篠沢紀信氏はネガの廃棄を要求される。山口百恵の『伊豆の踊り子』などもダメとなる可能性がある。つまり一国の文化の大事な部分を破壊する可能性が出てくる悪法かもしれない。
「不潔なものを追放し清らかな社会にしなければならない」という理想を掲げると、ポルノなどはすぐ槍玉にあげられる。しかし、そういう理想が、かえって社会を壊すことがあるのだ。いい例がアメリカの禁酒法だ。
 1920年に制定され1933年まで続いた禁酒法は、宗教団体や婦人団体が主導して実現された。確かにアルコールを禁止すればアルコール依存症は無くなり、酒にからむもろもろのトラブルは無くなる——はずだった。
「こんないいことはない」と叫ぶ理想主義者の思い描いた「清潔な世界」は、たちまち正反対の、法を守らないギャングがのさばり、社会秩序がめちゃめちゃになる醜悪な社会を生み出してしまった。つまり、耳ざわりのいい道徳や倫理を掲げた法律というのは、えてして社会を破壊してしまうということだ。
 この児ポ法が成立すると、何かの拍子で当局からにらまれた市民は、家宅捜索されて身辺から未成年ヌードがある本や電子ファイルが発見されたら、それを理由に逮捕されてしまう危険がある。
「おれはそんなモノ持ってない」と言う人だって『どらえもん』のマンガを持ってるかもしれない。そこにはしずかちゃんの入浴ヌードが描かれている。それを理由に逮捕できる時代が来るかもしれない。「なんだか知らないけど、いやらしい大人を罰する法律だからいいんじゃないの」と言ってる人はもっと考えてみよう。 

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2013年6月14日 (金)

尿道オナニーにブルブル

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(イラストレーション by 中村成二)
 何週か前、『前立腺がやばい』で、肛門から刺激して快感を得る、前立腺オナニーについて書いた。
 その時は言及しなかったけれど、前立腺刺激にはもう一つの方法がある。尿道からチューブやビニールコーティングされた細い針金(たとえばイヤホンのケーブル)などを膀胱へ向かって挿入してやる方法だ。
 前立腺は尿道をくるんでいる形になっているから、異物が内側から前立腺を刺激することになる。直腸ごしの刺激とは別の感覚が味わえる——らしい(ぼくはやってみる勇気がない)。
 手術を受けた直後、立って排尿できない男性患者は尿道カテーテルというのを挿入される。これはたいていの人には苦痛でしかないが、中には「えッ、何これ」と思うような感覚を味わう人もいる。そういう体験をした人が自分で試したり、その話を聞いた好奇心が旺盛な人が試したりで、尿道オナニーは、ネットをざっと検索しても、かなり愛好者がいるようだ。
 尿道の場合、「鈴口」と呼ばれる尿道口から1・5センチのところに境界があり、そこから先は非常に敏感になる。しかも奥のほうにゆくと曲った部分があり、そこがまさに前立腺なのだが、膀胱にはすんなりチューブや針金は入らない。テクニックがいるのだ。
 以前は、そういうテクニックは試してみた人だけのものだったが、ネット時代の今は違う、ブログや掲示板などで知識が積み重ねられてゆく。それを調べてゆくと目まいがする。尿道オナニーに熱中する人間たちの努力と執念、それに伴う創意工夫がハンパじゃないのだ。もちろん医学的には無謀な行為だから、炎症を起こしたら悲惨だ。それでもやってしまうのが男なんだねえ。
 最近の傾向は「ウ○○ーイン法」というテクニックで、商品の宣伝にならないようあえてぼかすのだけど、ゼリー状の栄養剤を詰めたチューブ。この呑み口を尿道口に押し当てて中のゼリーを尿道に押し込んでやると具合がいいらしい。力を緩めるとゼリーはチューブに戻るから、スポイトのポンプのようにゼリーを尿道のなかで自在に行き来させることができて、それが射精に似た快感を生じるのだという。いや、いろんなことを考えるねえ(ゼリーは膀胱にも入るが体温で溶け、尿となって出る)。
 わりと無害な尿道オナニー法だというけどどうだろうか。「よい子は真似をしないでね」と言っておこう。

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2013年6月 7日 (金)

怖いぞSMオナニー

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(イラストレーション by 中村成二)
 ネット上には体験告白掲示板というのがいくつもある。特異な体験、経験を語りたい者が読者の質問に応じて告白してゆく。たとえば自衛隊のジェット戦闘機パイロットが内輪話をしてゆくうち「搭乗している時はオムツをしている」なんてことを教えられて、へえと思ったりするわけだ。
 もちろん一番面白いのはセックス関係で、「変態オナニーしているところを母親に見られてしまった」などという告白は誰もが喜ぶ。読者のツッコミがあるので、ウソの告白はすぐバレる。
 そういう中で驚かされたのが「SMオナニーで実家を焼いてしまった」というA君の告白。これはネットで広く拡散された。
 A君は高校時代、DQN(ドキュン=知能が低い非常識な人間)な仲間にいじめられたことがあり、女子の先輩に叩かれたとき、激しく勃起してしまった。それで自分のなかのマゾ性に気づいたという。
 しかし何が自分を興奮させるのか、それが知りたくて、自分にいろいろな痛みを与えているうち「不規則な間隔で遅いかかってくる苦痛」にドキドキワクワクすることが分かった。そこで電気工作の技術を活かして、不規則に電流を流し、自分に感電のショックを与えるオナニー装置を自作した。それを試すと実に快感を味わえる。喜んだ彼が夢中になったのは言うまでもない。
 ある日、両親が留守中にSM電気ショックオナニーを実行しているうち、もっと強い刺激が欲しくなり、抵抗をとり替えてみた。すさまじい快感が全身を襲った。彼は全裸のままのたうち悶えた。その時、装置がいきなり発火したのである。
 実は体に電流が流れている時、そのショックで動けなくなるのだ。A君は「やばい!」と思ったけれど、しばらく動けなくて、その間に火はメラメラと燃え広がった。危機一髪、かろうじて逃げることは出来たが、消防隊が駆けつけるまでに火は実家の半分を焼いてしまったという。
 状況が状況なだけに隠すことが出来ず、A君のSM感電オナニーは両親の知るところとなり、しばらく精神病院に通わされた。
 いやあ、強い刺激を求めて過激なオナニーに走る例はいろいろあるが、これほど過激なのも珍しい。ちなみにA君、社会人となった現在はSMクラブに通って自分の願望を満足させているという。これこそが正しい「風俗の活用」であろう。

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2013年6月 2日 (日)

江戸時代のおっぱい問題

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(イラストレーション by 中村成二)

 知り合いの酒場のママさんから連絡があった。「ちょっと相談にのってほしいのよ」
 何事かと思ったら、手渡されたのは紙の束。広げてみたら十枚ぐらいの版画である。男と女が抱き合っている。つまり春画。枕絵ともいう。浮世絵師が腕をふるった、江戸時代のポルノグラフィーである。
「私の友達が、旦那さんが死んだので金庫を開けてみたら、これが出てきたのよ。何せよい家の生まれで蝶よ花よと育てられたお嬢さんで、エロとかポルノとか無関係に生きてきた人なんで、中身を見てキャッと叫んで『こんなものは見るのも汚らわしい!』って大騒ぎするので、お嬢さんがそれを持ち出して『とにかく処分してほしい』と頼んできたの。私だってこんなものの処分法は分からないから、それで館さんに頼みたいのよ」
 いや、私もいろんなことに首を突っ込んでいるけれど、春画についてはまったく門外漢。「うーむ、どうしようか」と考えちゅうであるが、一応は作者などを調べてみた。サインは「国周」とある。ネットで調べてみたら、豊原国周(くにちか)という、幕末から明治初期にかけての浮世絵師で、役者絵にすぐれ、「明治の写楽」と呼ばれたという絵師だ。
 しかし、版画というのは何百枚何千枚と印刷されて頒布されたものだから、いったいどれぐらいの価値があるものか、サッパリ分からない。分からないけれども、まじまじと浮世絵師の描いた春画、つまり江戸時代のハードポルノ・グラビアをつぶさに眺めているうち、「ううむ、やっぱりな」と思いあたることがあった。
 女性の乳房、つまりおっぱいがほとんど描かれていないのである。男性のペニスが極端に誇張されて巨大にグロテスクに描かれているのが春画の特徴だが、同時に「乳房は全然描かれない」というのも特徴なのだ。歌麿や春信に例外はあるのだけれど、いったいに春画に描かれるおっぱいはおざなりで、男たちもほとんど触ったり吸ったりしていない。現代の男の子たちが巨乳アイドルに憧れて、どんなポルノでもおっぱいが重要な役割をはたしているのに比べて、これは大変な違いだ。
「どうして江戸時代の男たちはおっぱいに関心がなかったのか」というのは、日本美術史ばかりでなく江戸文化や日本人のセックスに対する考え方の歴史を考えるうえで、重大な問題らしい。もう少しいろいろ考えてみよう。

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