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2014年12月27日 (土)

究極の人肌酒をどうぞ

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(イラストレーション by 中村成二)
 また寒い季節がきた。となると、冷えた酒より温かい酒だ。
 日本酒ならお燗をつけて——ということになるが、洋酒だって温かい酒はいろいろある。ポピュラーなのはホットウィスキーで、なに単にウィスキーのお湯割りってことだけど、シュガーを少し入れてレモンのスライスを浮かすと呑みやすい。
 ぼくがこの季節に食前酒として好むのは、ホット・バタード・ラムというやつ。ラムのお湯割りになるんだけど、シュガーを少しにバターをひとかけ浮かす。シナモンスティックでかき回しながら呑むと心まであったまるです。
 その他にもホットワインとかアイリッシュコーヒー(二日酔いにきく)など、熱あつのアルコールドリンクはいろいろ試してみたが、この前はふぐのひれ酒を飲みながら考えてみた。
 昔から日本酒の燗は「人肌」といわれるぐらいのぬる燗が適していると言われてる。熱燗はアルコールやエキス分を飛ばしてしまうからね。で、当然ながら女性の肌のぬくもりが連想されて、エッチな方向で考えてしまうわけだ。
 これは前にもチラと書いたのだが、覚えている人も少ないだろうからもう一度書いてみる。1996年の映画に『ぬるぬる燗燗』というのがあった。映画監督の藤田敏八や大和屋竺が出演した、実に妙な味の作品だった。
 トラック屋台の店で出す日本酒のぬる燗が絶妙に旨い。その味の秘密は……というのがテーマなんだけれど、バラしてしまうと、処女の娘に特製のレオタードを着せて、首のところから日本酒を注ぐ。酒は若い娘の肉体とレオタードの間で温められ、股間の蛇口から出てくる。それを提供するわけだ。
 このアイデアには「うーん」と唸ってしまったね。そりゃ若い娘の素肌から分泌されるいろんな成分もまじって温められるわけだから、そりゃ旨いものになりそうだ(衛生的な問題は無視する)。
 原理は簡単なんだけど、着てくれる処女(もちろん肉体は成熟している)とレオタードが難しい。ウェットスーツだと匂いがつくだろうしねえ。
 それを考えてるうちに「日本酒をカプセルに詰めて、それを女性の体の中に入れて暖めるというのはどうだ」と思ったりしたけれど、まあ人肌のぬる燗を呑みながら、皆さんも考えてください。

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2014年12月24日 (水)

エロ小説を書こう!

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(イラストレーション by 中村成二)

「ものがたりソフト」という名の「小説執筆支援ソフト」なるものが開発されているそうだ。芝浦工大の教授と現役の作家が共同で完成をめざしているらしいが、従来の文章作成支援ソフト(アウトライン・プロセッサ)と違うところは、ソフトが質問を投げ掛けることで作家の思考がまとまり、やがて物語のあらすじが出来あがってゆく——という手法にある。いわばソフトが編集者のように一緒に考えてくれて、コンピューターとの共同作業で小説を作ってゆくわけだ。
 ただし考えるのはあらすじまで。そこから先は作者がコツコツ文章を作ってゆくわけだが、あらすじが出来てしまえば、それに沿って文章を書いてゆくのは難しいことではない。実際にソフト作成に協力した作家は、このソフトを使って小説を一本書き上げて出版したそうだ。
「今まで小説を一度も書いたことがない人でも書けるようになる」と期待する声もあるが、ぼくの周辺のプロの作家さんたちは「本当にいい小説を書けるかどうか」と疑問視している。まあプロはみんな、頭のなかに自分用のソフトを持ってるわけだから、今さらそういうのは必要ないと言えば言える。
 しかし、世に「自分も小説を書いてみたい」と思っている人は少なくない。そういう人の多くが途中で挫折してしまうのは、あらすじがうまく作れない、構成の仕組みが分からない、という初歩的な部分。そこを支援ソフトが手伝ってくれるなら助かるのではないか、という気がする。
 この「ものがたりソフト」は開発途上で発売もされていないが、既存の「アウトラインプロッセサ」を使って小説を書いているプロの作家さんも多い。コンピューターの便利なところをうまく利用して小説を創作できるならどんどん使うべきだと思う。
「小説を書きたいけど、何を書けばいいのか、それが分からない」という人も多いだろう。ぼくなら即座に「エロ小説を書きなさい」とアドバイスする。
 エロ小説つまり官能小説は、文学的香気がどうのこうのと難しいことを要求しない。まあみんなが知ったり感じたりすることを、素直に書いてゆけばいい。それに取材とか調査などがあまり必要がない。何よりもセックスに興味がある人には、一番書きやすいし、書いていて面白い分野だ。「自分のオナニーの材料にする」ぐらいの気持ちで書いてみたらどうだろう。ネットには発表の場はいくらもあるし電子書籍で自費出版するのも簡単だ。モノを書くというのは脳を鍛え老化を防ぐ効果がある。ぜひおすすめしたい。

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2014年12月12日 (金)

SEXのシェアは難しい

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(イラストレーション by 中村成二)
 先週のこの欄で『SEXのシェアは可能か』という文章を書いた。少数の金持だけが豊かになり、残りの大多数は貧乏になる格差社会でどう生きるか、という解答の一つが「シェア(共有)社会」だろうという、まあ余り自信のない説なんであるが、これまで何でも一人が独占してなければ気がすまないライフスタイルが「シェア」という概念によって変わりつつあるのは事実だ。
 家も車も服もシェアは可能だが、では、そういうライフスタイルを突きつめてゆくと、「セックスも共有でいいじゃないか」という論にゆきつく。ところが売春以外のセックスというのは「愛」を伴う。男と女が出合い愛をはぐくみながらセックスをして子供を作り、夫婦で子供たちを育てあげる——というのが、現在の大多数の社会の基本原則だろう。これを覆すと資本主義社会が成立しないのである。ということはセックスの共有、つまり男と女が複数のパートナーとセックスを交わすような社会は、どうも難しいのではないか、と思われる。
 そこでふと思い出したのが、ウィリアム・モリスと親友のロセッティが、モリスの妻ジェーンと共同生活をした「謎の三角関係」のことである。
 三人とも十九世紀末のイギリス人で、モリスは室内装飾家であり詩人。ロセッティはラファエロ前派を代表する画家として有名。ジェーンはモリスの恋女房であり、最初はロセッティに見初められた美人モデルだった。さらにモリスとロセッティは親友同士。1870年代、イギリスのテムズ川上流にあるモリス晩年の居宅『ケムルスコット・マナー』で、モリスは妻ジェーンと親友のロセッティを誘って暮らし始める。そしてこの三人の共同生活が、現在に至るまで多くの人々の頭を悩ませる謎になっている。
 この時期、ロセッティは妻のジェーンと恋愛関係にあったのは確実とされる。モリスにしてみれば、ロセッティはいわば「間男」。それなのにどうして自分から誘ってロセッティを新居へと招き、共同生活を始めたのか。この三角関係がよく分からないないのである。
 当代有数の知性と美意識をもつ二人の芸術家と、絵画のモデルとして今なお世界中に愛される美人妻ジェーン。その生活は数年続いたけれど、結局、ロセッティは精神を病んで二人のもとを離れ、のち自殺する。三人の共有セックスはどこでどう破綻したのだろうか。この謎は今も多くの人を魅了してやまない。

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2014年12月 9日 (火)

SEXはシェアできるか

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(イラストレーション by 中村成二)
 ホリエモンがこんなことを言っていた。「もう何でも自分のモノとして持つのはやめよう。これからはシェアの時代だ。家でもクルマでも服でも、ТPOに応じてシェアすればいい」。
 シェアとは「共有する」「分かちあう」ということだ、ホリエモンはあるパーティにふさわしい衣装が必要なら、そういうのを持ってる人から借りればいい、自分もまたそういうのを必要としている人がいたら貸してやればいい、と言うのだ。めったに着ない衣装をいろいろ取りそろえて持つなんて不合理だ、と主張する。まあ分かりやすい論だ。
 外国で暮らしている姪と先日会ったら、不景気なヨーロッパでは家や宿や車のシェアがすごく進んでいるという。旅行者がある土地に行こうとすると、インターネットで部屋を提供してくれる人たちを探す。家ごと貸してくれる人もいるし空いてる部屋を貸してくれる人もいる。その中から自分の望みに合ったものを選び予約するわけだ。まあ民宿に近い感覚だが、ビジネスとしてよりも「ちょっとした副収入」を求めるアマチュアが多い。ネット上で評価されるから、インチキなことは出来ない(すぐ叩かれる)。このシステムが今やヨーロッパを席巻して、既存のホテル業界が大打撃を受けているらしい。
 車もそうだ。あるところへ自分の車で行こうとする人が、ネットで相乗りしてくれる人を募集する。たまたま同じところへ行く人がいたら、他の交通機関よりずっと安く手軽に目的地へ行ける。乗せてあげる人も道々、退屈しないし、お小遣いが得られる。レンタカー業界など困っているのではないか。
 そうやっていろんなモノやコトをシェアする風潮は、ごく一部の金持ちだけがますます豊かになり、大多数がどんどん貧しくなる格差社会では、支持され広がってゆくに違いない。「自分だけのモノ」に執着しない個人が増えることは、現在の資本主義による消費社会に深刻な影響をもたらすだろう。
 そこで当然、ぼくなんかは「ではセックスのパートナーもシェアする時代になるだろうか」と考える。家や車や服と違い、セックスのパートナーは心を持ち、好き嫌いを持つ。「愛」は特定の人に対して執着し独占したいという心理状態だから、「共有」とか「分かちあい」などとは対極にある。恋人、愛人、セックスのパートナーだけはシェア出来ないのではないか、と思われる。果たしてそうだろうか——と考えたところで紙数が尽きた。続きは次回に。
(非常識なコメントに恐れをなして(笑)コメントは当分受け付けません。ご了承ください)

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2014年12月 4日 (木)

女子アナとホステスの関係

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(イラストレーション by 中村成二)
 日本テレビのアナウンサーとして内定をもらった女子学生が、かつて銀座のクラブでホステスのアルバイトをしていたことが分かり、内定を取り消された。女子学生はテレビ局を相手に裁判で戦っている。そのことでいろいろ取り沙汰されてるので、ぼくも考えてみた。
 内定を取り消した理由は、日テレに言わせれば「清廉さを期待されている女子アナのイメージにそぐわない」というものだ。このことで「ホステスを差別するのか」と怒る水商売関係の人たちも多いだろう。日テレのおじさん社員は、これから銀座のクラブで酒を飲みにくいんじゃないかと思う。
 ぼくは「これが逆だったらどうだろうか」と考えてみる。女子アナを辞めた女性がホステスになったらどうだろうか。誰も問題にしないだろう。かえってお客が喜んでくれて売れっ子になるかもしれない。つまり順序が問題なのだ。ではどうして、最初にホステスをやったらダメなのか。それはこういうことではないかと思う。
 ホステスというのは、客の男性にお酒を注ぎ、煙草に火をつけてやり、おしゃべりの相手をする。客の男性はホステスの色香を愛でて愉しむ。美人で客あしらいの上手なホステスに接待されると、酒もうまいだろう。気分もいい。そういう場所では、どんな紳士貴人であれ、昼の世界で見せている表情や性格とは違う部分を見せてしまうものだ。
 翌日、仕事の場で見せる男たちは、夜の酒場で見せた人格はすっかり隠している。彼らが昼の世界では見せない顔、もちろん女房子供には絶対知られたくない顔を知っているのはホステスさんたちだけなのだ。
 つまり、そこが問題なのである。女子アナだけが清廉なイメージを求められるわけではなく、たぶん会社が採用する女子社員全員がそう期待されているのである。自分たちが酒場で酔って、いい気分になって見せた素顔を知っているから、ホステスが昼の世界に入って来られると、おじさんたちは困るんである。落ち着かないんである。だから昼の世界から夜の世界へ行く女性はちっともかまわないけれど、逆はいかんのである。自分たちの本性を知られている女性を同僚や部下にすることは出来ないのである。
 おじさんたちが恐れるほど、アルバイトをしただけの女子学生が、彼らの本性に接したとは思えないが、おじさんたちはそれでも「自分たちの秘密」を知ってしまった彼女が許せない受け入れられないのである。おじさんたち自意識過剰だよ。

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