« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月24日 (土)

シュミーズとスリップ問題

_
(イラストレーション by 中村成二)
 知り合いの女性イラストレーターが、編集者とのやりとりをSNSで紹介していた。
「スリップを着た女性のイラストを頼まれ、ネットでカタログを検索して描きあげた。それを見た若い女性編集者から『これがスリップなんですか。私は初めて見ました』という返事が。私も『自分が最後に着たのは25年も前のことで、どんなものか忘れてました』と返事しました」
 うーん、私のようにスリップという女性下着に愛着が強い男には、実に寂しい話だ。下着のカタログにはちゃんと掲載されているけれど、今の若い世代には見なれない聞きなれない「謎の下着」と化しているようだ。
 ところが、そこにぼくと同年配のオジサン作家が割り込んできた。
「スリップは知ってるけど、あれシュミーズとも言ってなかった? 違うものなのかな」
 必ずいるんだよね、オジサン世代の中高年男性にスリップの話をすると「シュミーズとどう違うの? 同じモノなの?」という質問を口にするのが。これを読んでるオジサン・オッサンたちのなかにも、必ず同じ疑問を抱いた人がいるに違いない。よろしい、ぼくが説明してあげよう。スリップとシュミーズ、実はまったく違うモノなんである。
 まず基本的に、欧米では洋服に裏地がないのがふつうだったと知ってほしい。すると下着によって摩擦が起き、よじれたりくっついたりして、動きにくくなる。それを防ぐために絹やナイロンなどスベスベした素材を用いた下着が「発明」された。文字どおり「滑る」からスリップなのである。
 スリップは出来るだけ上着に影響しないよう肌にフィットする形値に裁断され縫製された。日本では戦後になってナイロンが普及されたことで、たちまち女性下着の主役になった。
 シュミーズはそれ以前の女性の下着で、保温が主な役割だった。素材も木綿か麻。縫製もゆるやかに体を覆う形になっている。もちろん上着を滑らせる役割はない。昭和30年代までシュミーズは死語となっている。
 しかし日本では上着やスカートに裏地を付けるのが一般的になり、そうなるとスリップを着る必要もなくなった。しかも膝上までを覆い、腰や腹を締めつける。暑苦しさ重苦しさが嫌われて、若い女性からスリップは見放されたのである。スリップのエロを愛するオジサンには実に残念なことであった——。

|

SMプレイの効用

_sm
(イラストレーション by 中村成二)
 ぼくはもともと女性を縛ることが好きで、それが高じた結果、SMポルノ作家になってしまった。出発点はSMプレイで、その始めは緊縛だった。
 しかし世の中には「なぜ女を縛らなきゃいけないんだ?」と不思議に思う人が多い。友人のなかでも「縛るなんて面倒くさいことをしなくても、セックスできるじゃないか」とバカにしたように言うやつがいる。まあ男はどうでもいいけど、女性がSMや緊縛に興味をもってくれないと、相手を求める必要上、SM好きの男としては困る。
 やはりSMというと「変態」とか「倒錯」とか「性的虐待の一種」みたいな連想が働いて、避けてしまう女性が多い。そういう時、どうやって勧誘しようかと悩んでしまうのだが、ネットでアメリカの女性が「緊縛の5つの効用」というのを書いていたので「そのとおりだ」と思ったので紹介してみよう。
 彼女が言う効用の第一は「緊縛(ローププレイ)はセックスをより刺激的にする」ということだ。きつくなくても縄が肌を締めつけると、そこが敏感な部分であれば感じやすくなる。そして『いけないことをしている』という思いが、性的な興奮を高めてくれる、
 第二は「いけないことをしてる」という気持ちによって脳のなかにある快感物質、エンドルフィン、オキシトシン、ドーパミンなどが多く分泌されて、セックスをより楽しめる状態にしてくれる」
 第三は「縛られてしまうことで、彼女はもう自分で何かをする必要はまったく無くなる」すべてパートナーに任せてしまえばいい。この状態は精神をリラックスさせ、気分を高揚させる。
 第四は「そうやって自分を相手に委ねることで、パートナーともっと親密になれる」 味気ないデートやありきたりのセックスを何ヶ月も続けるより一回の緊縛プレイのほうがお互いを分かりあえるのだ。
 第五は「体を拘束される結果、心が自由になる」 縛られるからこそ心はいろんなしがらみを忘れて自由にふるまえ、刺激を快感として受け入れることが出来る。
 ——「こういう効用があるSMプレイを愉しむことによって、女性は肉体的に精神的にもより健康になれる。「ウソじゃないわよ」と彼女は締めくくっている。「過激なポルノ小説のように過度にマゾヒストになる必要も変態人間になる必要もない。セックスはしなくてもい。パートナーとよく話しあって一度楽しんでごらんなさい」
 一つだけ注意すること。それは「よく知らない相手とはプレイしないこと!」それは大切だね。

|

2015年1月19日 (月)

宇宙セックスの時代が明ける!

(これは、東京スポーツ1915年1月1日付・新春版のためのエッセイです。「新春版にふさわしいテーマで」と言われて、それじゃ気宇壮大にゆこうと、宇宙でのセックスをテーマにしました)
 新年なんだからめでたくて景気のいい話をしたい。けれども、この地上じゃ、なかなか、めでたい話というのは無いものだ。そこでいっそのこと、目を宇宙に向けることにしよう。
 これまではNASA(アメリカ航空宇宙局)のように、国家が金をつぎこむプロジェクトとして宇宙開発は進められてきたが、21世紀になると、民間企業による宇宙飛行プロジェクトが始まった。今では欧米の数社が、民間人を乗せた宇宙船の開発を進めており、今年は無理でも、来年あたりから民間人を乗せる宇宙船の飛行が可能になるようだ。
 最初は限られた富豪だけのものだろうが、思ったより早く大衆化しそうだ。といってもフライト料金は一千万円以上するだろうが「宇宙に行ってこられるなら、全財産はたいても惜しくない」という人々は少なくないだろう。旅行代理店などでは「宇宙でハネムーン旅行を」とばかり、カップルの宇宙新婚旅行を企画、予約を集めている。
 そういう時代が確実に来るとなると、ぼくのような官能作家はどうしても考えてしまう。「宇宙でやるセックスはどんなものだ?」
 宇宙空間は無重力である。何もかもふわふわ浮いている。何かを押せばその反動で押したほうも反対方向に動く。もし空間に勢いよく射精したとしたら、その本人は反動で背後へと吹き飛ばされる。地上のセックスの常識が通じない。
 これまで宇宙でセックスした男女は、現在のところ、公式には「いない」ということになっている。
 ただ1992年に、スペースシャトルで宇宙を周回したNASAのクルーに、マーク・リーとジェーン・ディビスという夫婦カップルがいた。「夫婦だったのだから、一週間のフライトちゅうにセックスしたに違いない」と思われているが、当人たちはコメントを拒否しているし、NASAも「狭いコックピットやラボに七人ものクルーがひしめいているなかでセックスが出来たとは思えない」としている。
 つまり、まだ宇宙でセックスしたと認められたカップルはいない、ということだ。当然、熾烈な初体験競争が始まるだろう。もう始まっているかもしれない。ハリウッドの美男美女カップルだったりしたら、宇宙旅行を企画する企業もたいへんな宣伝になるだろうしね。
 ぼくは誰が宇宙セックス一番のりをするかよりも「どうやったらうまく出来るのか」というほうに興味がゆく。専門家たちは「無重力空間では二人だけではダメ。もう一人が手伝う必要がある」とアドバイスする。新婚カップルとしては敬遠したいだろう。
「たぶん、セックス専用の寝袋、あるいはチューブのようなものが発明されるだろう」ともいう。飛ばすほうも、宇宙ハネムーンをうたう以上、そういう問題もクリアしないといけないだろうね。
 ぼくはまあ無理だけど、将来、誰もが宇宙でセックスを楽しめる時代がきてほしいものだ。それこそ「天にも昇るようなセックス」だろうから。
_
(図はヴァージンギャラクティカ社が発表した観光用宇宙船『スペースシップ2』。同社ウエブサイトより)

|

2015年1月10日 (土)

アナルの立場を考える

_  
(イラストレーション by 中村成二)

は、このタイトルには抵抗がある。現在「アナル」=肛門ということで使われているが、アナルは本来、形容詞で、正しくは「アヌス」と言わなければならない。でも今さらぼく一人が反対しても始まらないので、本意ではないけど名詞として使う。
 ともあれ、肛門という言葉にとってかわってアナルが使われるようになったのは、やはり語感の問題があるんだろうね。通常「肛門」と聞くと「排泄器官」というイメージが強い(実際にそうなんだが)。それを「アナル」というと、セックスの時にいろいろああしたりこうしたりする「性愛器官」としてのイメージが浮かんでくる。発音もやわらかい。そういうことでAVや風俗の世界では、もっぱらアナルが愛用されてきたわけだ。
 ところで去年の話になるのだが、元グラビアアイドルがAV制作会社を訴えた事件があった。約束では写さないということになっていたアナルを、実際に写して発売した。女性は怒り「精神的な損害を受けた」として慰謝料300万円を請求、地裁は「「特に秘匿性が高い部分。商業目的で意思に反して不特定多数人に閲覧させることは、羞恥心を著しく傷つける」として、220万円の賠償を命じた。元アイドルさんが勝ったのだ。
 まあ、業界以外のふつうの人たちは、特に驚かないと思う。かえって「そんなの当たり前でしょう。そもそもアナルを写して発表するなんて、そのAV自体、猥褻物陳列罪になるでしょう」と思うかもしれない。
 ところが違うんだね。法律的には「性器のみが猥褻物にあたり、他の器官はどこを写してもOK」ということになっている。だから雑誌でもAVでもアナルに修正をかける必要はまったくない。アナルは猥褻物ではないんである。
 ついでに言えば売春防止法では「性交とは男性器と女性器の結合」と定義されているので、アナルセックスは性交ではない。厳密に言うとフェラチオと同じ性交類似行為となり、風俗店でアナルセックスをしても取り締まられることはない。安心して楽しんでいい。
 それはいいんだけど、ぼく個人的には「アナルはやっぱり猥褻物であって欲しいなあ」と思うのだ。りっぱな性感帯であり、入れるほうも入れられるほうも快感を味わえる。何より「ふつうは本人もみられない、いけないところ」を玩弄する背徳的な愉しみも多い。
「どうしてここが猥褻でないんだ」と声を大きくして叫びたいが、皆さんはどうだろうか。

|

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »