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2015年8月24日 (月)

日焼けと女性用媚薬の関係

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(イラストレーション by 中村成二)
 いやあ、お盆を過ぎても猛暑は続くなあ。気温もそうだけれど、日差しも強烈だね。ぼくは紫外線防止のために濃い色のサングラスをかけて出かけるのだが、ときどき「あれ、ふつうのメガネだっけ」と思うことがある。サングラスが役に立たないぐらい日光が眩しいのだ。
 そうやって汗をダラダラ流しながら街を歩いていると、ミニスカートなんだけど黒い色のパンストをはいて歩いている若い女性が目につく。葬式帰りでもなさそうなので「この暑いのに、よくパンストをはけるなあ」と感心していたら、これって紫外線よけのためなんだね。UVカットという機能をつけたパンストが売られていて、日焼けを気にする女性が愛用しているのだ。
 そういえば最近は紫外線の害がやたら言われて、黒い日傘にツバの広い帽子、サングラス、腕には黒い長手袋という、見ようによっては奇怪なファッションの女性が増えてきた。前田美波里がこんがりと焼けた褐色の肌をさらす「トースト娘」の時代を知ってるオッサンとしては、なんだか淋しい気がするな。
 それで思い出した。女性と違って男性は日焼けを気にしない。健康的で男らしいイメージを求めて、日焼けサロンに通ってわざと肌を焦がしたがるやつも多い。そういう人間のために「効率的に日焼けを促進する薬」というのを、ある薬剤メーカーが開発しようとしたことがある。
 結局は失敗に終わったのだけれど、薬のテストを体験した男性たちに、なぜか性欲が強まるという現象があらわれた。メラノコラチンというその薬、よく調べてみると性欲を高めるという効果があることが分かったのだ。
 ただし副作用が強いので、より改良された薬が作られ、海外では「PТ—141」という名で販売されている。スプレーで鼻から吸収する。
 これの画期的なところは、バイアグラのような男性だけの薬ではなく、女性にも効くというところにある。これまで「あまり感じないから」と積極的ではなかった女性が、この薬を使うことで、よりセックスを楽しめるようになるというのだ。しかも「心を許した状態の時にだけ効果が現れる」という不思議な特長がある。犯罪に使われにくい安全な薬なわけだ。
 現在は海外から個人輸入するしかないのだが、やがて日本でも販売が認められれば「感じない」と嘆く女性はおおいに救われるんじゃないかなあ。

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2015年8月16日 (日)

恋はなぜ「盲目」なのか

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(イラストレーション by 中村成二)
 よく「目からウロコが落ちる」というが、先日、ネットであるインタビュー記事を読んでいて、まったくそんな体験をした。「そうだったのか、なるほどー!」と思わず叫んで手を打ってしまったぐらいだ。
 インタビューされていたのは脳科学者の中野信子さん。最近はテレビにもよく出演している。美人だしね。
 インタビューの内容はナショナリズムや戦争について脳がどう関係しているか、といった専門的なものだったが、なかなか分かりやすい。要するに人は、生きるために集団を作るが、その集団に入ってしまうと他の集団より自分の集団のほうがすぐれていると思い、他の集団に対して敵対心をもち、同時に自分の集団のなかの異分子を排除するようになる。これが「内集団バイアス」という理論。
 それは脳が「そうしたほうが気持いい」と思うからで、他の集団を尊重したり敵対心を捨てるという行動は、共通の敵と戦わねばならないと滅びるという状況でもないと、なかなか出来ない。つまり戦争やいじめというのは無くすことが出来ないものなのだ。
 そういう説明のあとに、突然、恋愛がひきあいに出された。
 中野さんによれば、生物には「生き残る」と「種を残す」という二つの使命がある。人間の場合、生き残るためには知性が必要だけれど、子を作るとなると男女ともに重い責任を負うし、女性は生命が危険にさらされる。そうなると知性が邪魔になる。そこで人間は恋愛をするのだという。「恋愛というのは知性を麻痺させることです。知性を麻痺させ、合理的な判断力を低下させなければ、ヒトは、種を残すという、個体の生存にとって不利益になる行為ができないのです。このことに思い至った時、私は愕然としました」
 いやー、これを読んだ時はぼくも愕然としてしまったよ。今まで人間は何のために恋愛するんだろうか、なんて考えたこともなかったからね。そうだったのか、知性を捨ててバカになり、相手と一体になることしか考えさせないために脳が恋愛させるんだ。「恋は盲目」とか「惚れてしまえばアバタもエクボ」という言葉の真の意味が、この年になってようやく分かった。
 この理論に従うと、現在の少子化や男子の草食化現象などは、すべて「知性が邪魔して麻痺しないから」ということになる。日本人がもっと恋愛して知性を麻痺させるためには、どうしたらいいんでしょうか、中野先生。

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2015年8月 8日 (土)

エッチで怖い話はいかが

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(イラストレーション by 中村成二)
 毎年、この季節になると、怪談話、幽霊話があちこちでもてはやされる。ぼくも何か書かなければいけないと思うのだが、生来、幽霊とか霊魂など、そっちの世界には鈍感なタチなので、どうもうまいネタがない。
 仕方ないので、かつて読んだ、ある粋人の体験談というのを紹介しよう。ハッキリ覚えていないけれど、吉行淳之介のような、女色探求家だったような気がする。
 戦後の混乱もまずまず落ち着いてきた頃の話。夜の巷には男娼——つまり女装して男性の客をとる同性愛者が少なからずいた(今でもいるが)。
 まあ、どんなにうまく化けても、寝床で肌を合わせれば必ず男だとバレるものだが、そのなかでも「最後まで男だと気づかれない」という有名な男娼さんがいたんだそうだ。しかも相手を「正常位」で満足させるのだという。
「そんなバカな」と思うだろう。うつぶせならいざ知らず、むかい合えば、男娼の男のモノが目につくし触れる。「何だこれは」と、その時はバレてしまうはず。
 ところがこの男娼さん、すごいテクニックの持ち主だったらしい。ペニスは訓練すれば睾丸と一緒に下腹部のなかに収めることができる(現代では「タッキング」と呼ばれる)。つまり外見では凸部分が存在しない。そしていざ合体という時、男娼さんは片手を背中から自分の股のほうへ回し、指で作ったワッカのなかにペニスを受け入れる。男性はそれを女性の膣だと錯覚し、おおいに満足して果てるんだそうだ。
 くだんの探求家は「そんなことで男をたぶらかしてるとはけしからん。おれが化けの皮をはがしてやる」と考え、夜ごと徘徊していると、かなり美形の娼婦に誘われた。
 どこから見ても妖艶な美女。しかし、どっか違う。「さてはこの女が、あの有名な男娼か」と思った粋人は、彼女とベッドインすると、決定的な証拠を見つける瞬間を待った。
 その瞬間とは正常位で挿入する時。男娼なら片手を背後へ回さねばならない。すると肩が下がる。「これは何だ!」とばかり、粋人がその手を捕まえたところで化けの皮がはがれてしまった。
 ここまではちっとも怖くない話だが、粋人が後に語ったところでは「バレた瞬間、おれを見る目が『よくもやってくれたな』という恨みのこもった目でね、あれぐらい怖い目は見たことがない」。想像すると怖いでしょ。え、怖くない?

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2015年8月 2日 (日)

背の高い女性はお好き?

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(イラストレーション by 中村成二)
 酒を呑みながらの話題が女子サッカーW杯の話になった。たいていは「なでしこジャパン」の戦いぶりを熱く語っているなかで、オランダやオーストラリアやアメリカの戦いもよく見ている男がいて、不思議に思った。どうみてもサッカーに燃えるような男ではないのだ。
「どうしてキミのようなスポーツ音痴が他の国の女子チームまで熱心に見るの」と訊いてみたら「いや、ゲームを見てるんじゃなくて、選手を見るのが楽しいの。だって背が高い女子選手が多いでしょ。特にゴールキーパーとか」
 つまり彼は「長身女性フェチ」に分類される嗜好の持ち主だったのだ。「ぽっちゃりタイプ」つまり肥満体の女性を好む男性は珍しくないが、ノッポの女性に萌える男性もけっこういるのだね。その証拠に、風俗店を検索してみると、長身女性専門のデリヘル店はけっこう多い。これにはちょっと驚かされた。
 そういう店で働く最低限の身長は百七十センチ。背が高ければ高いほどランクが上がり、プレミアム料金がつく。店によっては身長ごとにランク付けされていて「スカイツリー級」だとか「富士山級」とか、百八十五センチを超えると「エベレスト級」などと命名されている。
 くだんの女子ゴールキーパー萌え君は、男性としては背はそう高くない。そういう場合、釣りあい上、自分より背が高い女性は敬遠しそうな気がするが、調べてみると、背が高くて堂々とした体格に女性を好む男性は、背が低い男性に多いようだ(あくまでも私感だけれど)。
 女子ゴールキーパー萌え君は、特にそういう女性とセックスをしなくても、デートしてただ一緒に歩いているだけでも満足なんだそうだ。よく分からない趣味だが、マゾ的な性格が心底にあるのかもしれない。文豪の谷崎潤一郎もそういう「大女好み」で、長身で体格のよい女性に足で踏みつけられたいという願望を終生、抱いていた。案外、男性に普遍的な心性なのかもしれないね。
 その反対に、自分より背が高い女性とセックスすることで征服欲を満足させたがる、S的な男性もいるはずだ。ナポレオンとか豊臣秀吉とか、背が低かった英雄は、そっち方面でコンプレックスを解消させていたのかもしれないね。
 ぼくの場合は……、うーん、背が高くても低くても、どっちでもいいようだ。つきあっていただければ欲は言いません。
 

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デジタルタトゥーという悲劇

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(イラストレーション by 中村成二)
「タトゥー」とは刺青(いれずみ)のことだから、デジタルタトゥーというと「コンピューターを使って描く刺青かな」と思うけど、全然違う。ネット百科事典「ウィキペディア」では「いったんインターネット上で公開された書き込みや個人情報などが、一度拡散してしまうと、後から消すことが極めて困難であることを、入れ墨を後から消すことが困難であることに喩えた表現」と説明されている。
 これまでは「人の噂も七十五日」などと言われ、スキャンダルや新聞沙汰になった破廉恥な事件を起こしたとしても、しばらくすれば忘れられるから、そんなに心配することはなかった。ところが現在はネットの検索機能というのがハンパではない。キーワードを入れれば関連した情報がいくらでもひっかかってくる。自分のことで良い評判の記事ならともかく、知られたくない過去の言動なども、いつまでも人に見られる状態にあるということなのだ。
 一、二年前、ツイッターで食品チェーン店のアルバイトたちが裸で冷蔵庫に入ってみたり、悪ふざけをした姿を公開したのが広く拡散されて大騒ぎになった一連の事件(彼らはバカッターと呼ばれた)があったが、たとえ自分で元の投稿を削除したとしても、コピーされてしまったものはネット上に散らばっていて、それらは永遠に消せないのである。まさに刺青のように、一生、つきまとう。就職のことだけ考えても大問題だと分かるだろう。
 ご存知のように七月十五日から児童ポルノ法の単純所持の罰則が適用されるようになり、そういうモノは持っているだけでアウトになるようになった。それに関する情報を調べていると、未成年の少女たち自身が、おだてられたり、その時の勢いで、セルフ撮りしたヌードをネットに公開しちゃった事件がいくつも見つかった。
 本人たちは「まさか広められるとは」と思ってなかっただろうが、そういうものこそあっという間に広まり、しかも「どこの誰」というのが案外、簡単につき止められてしまう。そうなると、それはデジタルタトゥーとなって彼女たちを一生苦しめる。かわいそうだね。
 読者もSNSやブログで、自分の私行をバラしたり名誉を傷つけるとか誰かに損害を与えるような発言をすれば、軽い気持だったとしても、検索で発見されてバカにされたり法的措置をとられたり賠償を要求されることもある。ネットはそういう危険地帯なのだ。注意しなくちゃね。

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