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2016年2月28日 (日)

女癖の悪い政治家ナンバーワンは

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(イラストレーション by 中村成二)
 宮崎健介衆院議員が、出産目前の妻がいながら女性タレントと不倫をして、議員辞職に追い込まれた。この事件は国会議員の今後の不倫行動(?)に大きな影響を与えるだろう。
 なぜなら、これまで不倫が報じられた政治家は山ほどいたけれど、それが原因で議員辞職した者はいなかったのだ。「英雄色を好む」ではないが、かつては政治家が愛人をもち女遊びをするのは当然のことだった。今後はそうはゆかない。宮崎議員の前例を持ち出されて批難されたら、辞職せざるを得なくなる。「あいつのおかげでとんだ迷惑だ」と顔をしかめている国会議員は大勢いるはずだ。
 宮崎議員の不倫行動は突発的なものではなく、とにかく女性関係にだらしないという評判だったそうだが、いわゆる「女癖が悪い」と言われた政治家の名前を思いだしているうち「いやいや、彼なんかまだかわいいほうだ。ものすごい政治家がいたんだ」と思い出した。
 その人の名は堤康次郎(つつみ・やすじろう)。実業家で西武グループの創始者。元西武セゾングループの総帥・堤清二氏、コクドの堤義明前会長の父でもある。衆院議員を六期つとめ、最後は衆院議長まで登りつめた大物政治家だった。
 その康次郎氏の「女癖の悪さ」は、今や伝説となっているが、ネット百科事典『ウィキペディア』によれば、こう書かれている。
《康次郎の女性関係は派手だった。下はお手伝いさんから上は華族まで“女”と名のつくものであれば“手当たり次第”だった。お手伝いさんから女子社員、部下の妻、看護婦、マッサージ師、乗っ取り会社の社長夫人、秘書、別荘管理人、旧華族…社員たちの言葉の端にのぼっただけでもざっとこんな具合である。このあと始末は部下の仕事だった。愛人の数は有名な女優を含めて、正確な数は誰もわからないし、本人もわからなくなっていた。子供12人というのは嫡子として認めた数にすぎず、100人を超えるという説もある]。葬儀には康次郎そっくりの子どもの手を引いた女性が行列を作ったという。》
 正式に籍をいれた妻は三人だったが、愛人時代の女性を議長の認証式に招いて騒がれたこともある。これだけハチャメチャな女性関係を続けてきて、それで衆院議長までつとめあげたのだから、ホントに宮崎議員なんかかすんでしまうよ。すごい性豪政治家がいたもんだ。

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2016年2月20日 (土)

オナニーに狂いまくった作家

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(イラストレーション by 中村成二)
 寒さの厳しい2月になると、どうしても官能作家の蘭光生(らん・こうせい)氏のことを思い出す。ぼくも官能作家としてデビューできたのは、この人のおかげだ。
 蘭光生氏が52歳で亡くなったのは1991年の2月18日。この『いろ艶筆』の号が発売される当日が命日だというのも何か因縁を覚えるので、今回は蘭氏の思い出を書いてみよう。
 没後25年も経つと、名前も忘れられているだろうけれど、一時は団鬼六、千草忠夫と共に「SMポルノ三羽ガラス」と称された売れっ子作家だった。生前はぼくが勝手に弟子を名乗った関係上、いろいろな場面で深くつきあってきた。
 ぼくが蘭氏のことを人に尋ねられた場合、まずは「あの人ほどオナニーに狂った人をしらない」と言う。「ポルノは精液で書け」と言ったのは団鬼六氏だが、その言葉を文字どおり実践したのが蘭氏だ。
 とにかくレイプものが好きで、自分好みのおっぱいの大きい色白の女性をヒロインにして、彼女をいろいろな手段で責めに責めるという凄絶なハードSMを書いた。最初から最後まで、ひたすら女を犯して犯して犯しまくる。もちろん本人は書きながら激しく興奮する。イチモツもビンビンに勃起する。
 ふつう、プロの官能作家(ぼくもそうだが)は締め切りのことを考えるから、いくら興奮しても仕事の最中は自制するものだ。一段落つけて、寝る前に発射するとか、体力と時間のロスを考えて抜く。
 蘭氏はそういう自制の出来ない人で、興奮するとすぐシコシコしてしまうのだ。賢者タイムが収まってまた書きだすとまた興奮する。そうするとまたシコシコ……という具合に、一日に書いては抜き、書いては抜きを何度も繰り返すので、原稿がぜんぜん進まない。編集者をおおいに困らせた人だった。ウソではなく近くにいたぼくが証言するのだから本当のことだ。そうやって大量の精液を注ぎこんで書いた作品だから、多くのファンがついたのだと思う。
 命日になると天に合掌するぼくは「先生、そっちでもオナニーしまくってますか」と呟くのだ。ちなみに蘭光生の別ペンネームは式貴士(しきたかし)である。

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2016年2月13日 (土)

異物挿入は身をほろぼす

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(イラストレーション by 中村成二)
 これから書くことは、作家仲間の一人に酒場で言ったら「またあ、ネタ(作り話)でしょ、それ」と言って、まったく信じてもらえなかった話である。ぼくなりにウラをとってあるから、まあ、ホントの話だと信じて読んでほしい。
 情報源は2014年の日本消化器外科学会で発表された論文。題名は「直腸内で破砕せざるを得なかった巨大直腸異物の一例」。ハイ、ここまで読んでイヤな予感がした人は、この先、読まないでね。
 九州K市の総合病院に64歳の男性が救急外来に駆け込んできた。「湯呑みを肛門に挿入したら取り出せなくなった」という。いわゆるアナル・オナニーというやつで、いろんなものを挿入する癖があったんだろうね。
 湯呑みの高さが7センチ、直径が8・5センチというから、鮨屋で使うような大きさのもの。それがすっぽりと直腸の奥に入りこんでいるのがCТスキャンで確認できた。
 医師団は最初、肛門から抜き取ろうとしたけれど、骨盤と周囲の骨の隙間にすっぽりと嵌まりこんでいるので、どうしても抜けない。仕方なく開腹手術を行なったけれど、それでも摘出することが出来ず、やむをえず直腸のなかで湯呑みを砕いて、破片を肛門から抜き取った。
 この手術、なんと、五時間近くもかかったという。もちろん直腸部は傷ついたので、患者は人工肛門を装着する身になってしまった。
「直腸に異物を挿入して救急外来に駆け込む例はまれにあるが、本件は検索し得た限り、硬性異物としては最大級のサイズである」と論文には書かれている。異物挿入というジャンルがギネスブックで認められれば、間違いなく登録してもらえる世界記録だろう。
「いくらアナル・オナニーが好きだからといって、そこまでデカいものを無理やり押し込んで楽しいのかねえ」と思うだろうが、どうなんだろうか。この男性は快感などより、もう「どれだけ大きなものを押し込むことが出来るか」と、自己記録の更新に情熱を燃やして挑戦し続けたのではないだろうか。スポーツのような感覚かな。
 異物挿入に夢中になる男女は多く、ネットで検索すれば信じられないような物体を自分の肛門や膣に押し込んでいる画像を見ることができる。野球のバットが先端から入っているなんてザラだ。しかし、のめりこむと開腹手術や人工肛門なんてことになる。怖い趣味だよねえ。

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2016年2月10日 (水)

「パンパン」を知らない女性たち

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(イラストレーション by 中村成二)
 ネットで、ちょっと驚いた記事があった。若い女性のファッション情報を伝えるブログのなかに、こういう文章が記されていたのである。
《50年代の特徴というべきアイテムの一つ。「パンパン」と呼ばれる女性たちはこぞってこのサーキュラースカートを穿いて街を闊歩していました。》
 この説明は、「パンパン」と呼ばれる女性のことを知っている世代から猛烈な批判を浴びせられた。「この人、パンパンの意味知らないで書いてる。信じられない!」
 書き手は若い女性なんだろうね。第二時大戦後の混乱期や闇市や占領軍のことなど、ほとんど知らない。誰かから「サーキュラースカートは当時パンパンが穿いて歩いて流行したのよ」と言われて、へえーと思って、パンパンの意味も知らずに「闊歩していた」なんて書いちゃった。
 ひょっとして、これを読んで「え、どうしてこの記事、おかしいの?」と思われる人もいるかな。なんせ使われていた頃から60年も経ってるんだから、仕方ないといえば仕方ないか。
 パンパンというのは、戦後、食料難の時代に、占領してきたアメリカの兵士を相手に売春していた女性のこと。もちろんお金が無かったから仕方なく売春していたわけだけど、日本の男も貧窮していたから客にならない。それでアメリカの兵士を専門に相手にしていた。
 なぜ「パンパン」と呼んだかは、いろいろな説があるが、英語を話せない彼女たちが、兵士の気をひくために手をパンパンと叩いたから——というのが何となく信じられる。つまりは道ばたに立って客を引くアメリカ兵専用の売春婦。もちろん蔑視されていたから、とても「闊歩する」なんて存在ではなかった。
 確かに彼女たちは、闇に流れたアメリカ軍の物資が豊富に渡り、一般人が手に入れられなかったナイロンの下着やストッキングを身に着けられ、ある意味、流行の先端をゆく身なりをしていたのも事実だったけれどもね。
「いやあ、昭和も遠くなりにけりだね」とネットでぼやいていたら、さらに驚くべき情報が。
「だって、今の女の子、成人式に花魁(おいらん)の格好で出席するんですから」
 それは知らなかった。花魁は高級娼婦だってこと知らないんだな。すると来年あたり、パンパン・ファッションなんてのが流行するかも……。

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