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2016年3月30日 (水)

日本の性教育、何とかしろ!

Photo 「梅毒が流行している」というニュースが伝えられて、ギョッとした人は多いんじゃないか。ぼくもビックリした。
 梅毒そのものは、現在はペニシリンでやっつけることが出来るので、それほど恐ろしい病気ではないのだが、怖いのはHIVなどと一緒に感染する可能性が高いこと。粘膜同士の接触が原因なので、コンドームを着けるなど、性病についての知識があれば避けられる病気である。
 しかし気になるのは、若い世代、特に10代から20代の女性に患者が急増しているという部分。専門家は「性教育がきちんとされていないからだ」と言う。
 先週もネタ元にさせてもらったバイブコレクター桃子モモコさんのブログで、デンマークの性教育の実情を報告していたのだが、デンマークではなんと5歳から性教育を始めるというので驚いた。
 学校でも「セックスとは、愛とは」というテーマで教師が生徒たちとじっくり話しあう授業が繰り返される。充分な知識を与えられた少年少女たちは、ほとんどが10代後半になるとセックスを体験するようになるが、妊娠したり性病に罹る比率は先進国のなかでずっと低い。成人になっても、公認のカウンセラーがあちこちに常駐しているので、たとえば薬を買いに行ったついでに相談したりできる態勢になっているというから羨ましい。
 そこで調べてみたのだけれど、たとえばオランダでは、15歳になると全員にコンドームが配布される。もちろん使い方も教える。そんなふうに、欧米ではかなり熱心に性教育が施されているのに比して、日本では世界で最も遅れている方のようだ。実際、学校で教えることも、何か腫れ物に触るように具体的なことは伝えない傾向が強い。
 そういう実情を打破して、現実に即した性教育をどうしてやらないか、というと、保守的な大人や政党が反対するからなんだね。実際、ぼくらが見て、丁寧に説明して「これはいい」と思う副読本が、自民党や教育委員会の反対で用いられない、というような事態が発生している。古い世代や、保守的な考えかたをする層は「性について教えると、若いうちに乱れたセックスに走る」とでも思っているかのようだ。もうそういう時代ではないのに。
 早いうちからセックスについてキチンと教えれば、性病が蔓延することもなく、無思慮な妊娠による中絶もなくなる。結果的には少子化を防ぐことにもなるだろう。保守的な大人は考えなおせ。

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2016年3月20日 (日)

進化するバイブ、次は?

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(イラストレーション by 中村成二)
いや、これは不勉強だった。本誌でもおなじみのバイブ・コレクター、桃子モモコさんのブログで教えられたのだけれど、いま、アダルトグッズ業界で注目されているのは、ピストン運動するバイブなんだね。
 バイブというのは、これまでは「振動する」と「回転する」という二つの要素しかなかったのだけれど、とうとう「ピストン運動する」という要素まで加わったのだ。
 SMグッズの一種として、ピストン運動するディルドー(人工ペニス)は従来もあったのだが、モーターの回転運動を往復運動にする仕掛けが大がかりで、かなり大きく武骨なものだった。
 それを小型にして従来のバイブサイズに収めたのがドイツのメーカーで、高品質バイブを誇る日本は、一歩遅れをとってしまった。ちょっと残念な気がするね。
 ドイツ製は一本二万円前後と、そうとうに高かったのだが、いろいろ工夫して安くするのは日本のお家芸。最近は安くて多彩な動きをする国産のピストン・バイブもぞくぞく出回るようになった。
「自分の手で出し入れすればいいじゃないか。そんな機能は必要ない」と思う人もいるかもしれないが、それは男の考えで、女性からすれば「本当に男性とセックスしている感じを味わいたい」わけだから、自分が何もしなくてもバイブが突いてくれたほうがいいのは間違いない。つまり日本のバイブ業界は、女性ユーザーの目線で考えなかったから、ドイツに遅れをとったんじゃないかな。
 たとえば、ピストン・バイブにベルトを付けるとかして、女性の内部に装着したままにしておけば、一人で疑似レイプ感覚が味わえるだろう。拘束した女性にそうやって用いれば、SMプレイももっと楽しくなる。
 最近のアダルトショップに行けば、そんな最先端メカを内蔵したものや、女性が目にして「かわいい」「きれいだ」というデザイン性の高いものが並んでいる。あの「熊ん子」時代(古いね)のバイブ売り場とは、まったく雰囲気が違ってきて、おじさんは驚いてしまうよ。
 さて、「振動」「回転」「ピストン」と進化してきたバイブだが、その先は何だろうか。ぼくなんか「射精」する機能がついてもいいと思う。精液に似た液体(もちろん温かい)が詰まっていて、女性のオルガスムスに合わせてビクンと弾けてドビュッと噴射させるのだ。ホントに男とやってるようで、女性は気にいるんじゃないかな。ダメかね。

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2016年3月12日 (土)

キュリー夫人はベッキーよりすごかった!

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(イラストレーション by 中村成二)
    ベッキーの不倫報道があって、日本じゅうはその噂でおおいに盛り上がったけれど、百年前のフランスで、もっとすごい「大物」の不倫問題で社会全体が大騒ぎになったことがある。有名な事件だったが知らない人もいるだろうと思い(ぼくも最近知ったばかり)紹介しておこう。
 その「大物」とはキュリー夫人。夫のピエール・キュリーと共に放射線の研究に没頭して、1903年に二人でノーベル物理学賞を受賞した。「リケジョ」(理系女子)の元祖みたいな人。ぼくなんか子供の頃、彼女の伝記を読んで、才能と努力にものすごく感心したのを覚えている。
 夫のピエールとの仲もむつまじく、彼が1906年に交通事故で死んだ時の悲歎ぶりは伝記でもクライマックスの部分で、子供のぼくは泣いてしまった。ところが、この後に伝記には書かれていなかったスキャンダルが彼女を襲うのだね(子供向けの伝記には書けないことだった)。
 未亡人になったマリー・キュリーはその時まだ38歳。美人で女盛り。その彼女の心をとらえたのは5歳年下の研究者(夫の教え子でもあった)ポール・ランジュパン。妻子があるポールはマリーとの不倫の恋に燃えあがり、二人は密会用のアパートまで借りる。
 それを知ったポールの妻がマリーからの恋文を新聞で暴露したことをキッカケに、フランスのジャーナリズムはすさまじいマリー批難を展開する。ここらへんはベッキーと同じ構図になる。何しろ聡明な美熟女でもあり世界的に有名になった科学者。ネームバリューなんてベッキーどころではない。あることないこと書き立てるだけで新聞は売れに売れた。大衆もマリーを糾弾する側、擁護する側に分かれて、社会は上を下への大騒ぎ。対立するジャーナリストが決闘して傷つきあうという事件まで起きた。当事者であるポールも批判する記者と拳銃で決闘している(結局、どちらも撃たなかったので被害はなかった)。
 そんな大騒ぎの最中に、今度はノーベル賞委員会がマリーに「化学賞」を授与すると決定し、騒ぎはクライマックスに。「そんな恥知らずな女に賞をやるな」「授賞式に出席するな」という大反対の合唱。ノーベル賞委員会も「出席しないでくれ」と懇願したほど事態は紛糾した。
 まあ不撓不屈の精神の持ち主だったマリーは平然と授賞式に出て1911年のノーベル賞をもらったけれど、ポールとの仲は精算し、この騒動は自然に消滅した。偉業は後世に伝えられ、黒歴史は忘れられた。それでいいのだ。

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2016年3月 5日 (土)

ミイラを愛した男

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(イラストレーション by 中村成二)
 ネットで人気のあるウエブサイトに『虚構新聞』というのがある。「実際にはありそうで、実は作り話」というネタを、いかにもホンモノの報道記事のように書いて読者を驚かせたり笑わせたりしているパロディサイトだ。
 先日、「2500歳の超熟女をレイプした男」という記事が流れた時、ぼくは「それって『虚構新聞』だろ」と思って、最初はなかなか信じられなかった。
 だって、博物館の警備員が、2500年前の女性のミイラをレイプした、というんだからね、、まともに信じろというほうが無理だ。
 でも事実だったんだね。アメリカで一番有名な博物館、ワシントンD.C.の国立スミソニアン博物館で、44歳の夜間警備員が、こともあろうに保管されていた古代エジプトのミイラ(もちろん女性)を犯したとして、逮捕されてしまったのだ。
 その映像は監視カメラにハッキリ映っていた。見た人間は「あまりのおぞましさに、思わず吐き気をもよおした」って言ったと報じられている。
 その警備員は解雇され、公然わいせつ罪や文化財破壊の罪に問われることになったが、関係者は「それ以前に彼の精神を治療するのが先決だろう」と語っている。そりゃそうだろう、あまりにも常軌を逸脱している。彼は9年間、警備員として働いていたが、2年前に妻を亡くしてから、異常な行動を見せるようになったという。
「こんな変態、見たことがない」「たぶん歴史上最低の変態だろう」などと、日本のネットでも大さわぎになったけれど、こういう行為をどう理解したらいいんだろう?
 基本的には「屍姦」という行為になり、精神医学的には「ネクロフィリア(死体愛好)」という病症になるんだけれど、ふつうは、死んだばかりの死体を愛撫したり犯したりすることを言う。どう考えても2500年前の、カサカサに乾燥して萎びきった死体と交わるのを「屍姦」と一緒に出来ない。
 ぼくは、この犯人は、毎日、このミイラ女性を見ているうち、彼女が「生きている」という幻想を抱いたんじゃないかと思う。そして彼女に魅せられ、恋心を抱き、それが「セックスしたい」という欲望にまで登り詰めたのだろう。ひょっとしたら、亡くなった妻の面影をミイラの中に見たのかもしれない。
 まあ、ほとんど狂気の世界での幻想だったろうが、これは「純愛」の一つの姿かもしれないなあ、と、ふと思ったりもするのであるよ。

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