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2017年6月 8日 (木)

羞恥心は作られる

 先々週、このコラムで『浮世絵の謎がとけた!』という記事を書いた。それを読んだSMマニアの知人が「しみじみ江戸時代に生まれなくてよかったと思ったよ!」と感想を伝えてくれた。
 記事を要約すれば「江戸時代までの日本人は男も女も裸というのを特に意識しなかった。だから混浴も気にしなかった。そういう環境だとふつうのヌードでは刺激にならないので、極端に性器を誇張したポルノ絵画が興奮剤として求められるようになった」というもの。元ネタは『裸はいつから恥ずかしくなったのか』(中野明、筑摩書房)だ。
 くだんのSМマニア氏は、実は露出プレイが大好きで、自分のパートナーに極端なミニスカートを穿かせたり、人のいるところでノーパン姿を晒させたりして、彼女が恥ずかしがる姿を見て興奮して喜んでいる。もちろんパートナーの女性も、そう強いられることで興奮して、お互い激しく燃えるというわけだ。
 しかし江戸時代、そもそも裸が珍しくないのだから、羞恥プレイというのが成立しない。「もしタイムスリップで江戸時代に行ったら、あんまりつまらないので死にたくなるだろう」と彼は述懐していた。そりゃそうだろうなあ。
 そこで彼は首を傾げて「江戸時代って、たった百五十年前だろ。明治維新になったら、急にみんなが恥ずかしがりだしたというのが分からないね」と言うのだ。確かに、明治時代から戦前まで、女性のヌードというのはなかなか拝めなかった。明治の中頃、黒田清輝という洋画家が裸婦を描いて展覧会に出品したら、下半身を幕で隠された——なんてこともあった。江戸が終わってたった二、三十年で、日本人の裸に対する意識は百八十度方向転換してしまったのである。
 その理由はネタ元の本にも書かれているが、「外国人に野蛮な国だと思われないように」という意図で、政府が必死になって法律を作って混浴や公共の場で裸を禁止し、学校教育で「裸を見せるのは恥ずかしいことだ」とガンガン教えこんだからなのだ。つまり、人間の羞恥心というのは本来そなわるものではなく、親や教師や政治家が強制するから身につくものなんだねえ。戦前はそれがかなり行き過ぎた状態になっていた。SMマニア氏は「戦前なら露出プレイは命がけ。今ぐらいがちょうどいいな」と言っていたけどね、皆さんはどう思う?

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