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2018年5月12日 (土)

セクハラはやめられるか

 最近、有名人や官僚などのセクハラ事件が騒がれているが、それについて思い出すのは、非常に個人的なことだが、ぼくが過去に書いたポルノの短編小説だ。その題が『セクハラ・カンパニー』というのだ。
 その頃、流行していたイメクラと呼ばれる風俗店では、さまざまな衣裳を着けた女性が接客するコスチューム・プレイの店が多かった。そういうプレイが嫌いではなかったぼくは、コスプレ風俗店のアイデアをいろいろ考えては作品にしていた。『セクハラ・カンパニー』もそういうジャンルの一つだった。
 なに、お相手するイメクラ嬢がOLの制服を着て接客するだけのことだが、プレイルームは会社のオフィスという感じにし、客は「部長」でも「社長」でも、好きな肩書きで呼ばせることができる。
 もうお分かりだろうが、男性の客は仮想現実のオフィスでOLの上司となり、制服姿の彼女に好き勝手なセクハラ行為をしかけ、最後はお仕置きプレイで満足する——という遊びが出来るイメクラなんである。
 そんなアイデアを思いついたというのも、社会的にセクハラが糾弾されるようになっていたからだ。世の男性サラリーマン、ビジネスマンはそのことで不満がつのっているのではないか、だったらそれを解消させるようなプレイが出来るイメクラを作ったらいいじゃないか、と、まあ荒唐無稽だと思いながら書いたのが『セクハラ・カンパニー』である(ネットで探せば今でもダウンロードして読める)。
「あれはいつの頃だったか」と調べたら、驚いたことに1992年のことであった。なんと26年も前だ。その頃から社会はセクハラ問題でいろいろ騒いでいたのだね。しかしそれだけ時間が経過しても、セクハラ問題はまったく減りはしない。
 ぼくは根本的にSМ作家だから、セクハラ問題はSМ関係としてとらえている。言うまでもないがセクハラはパワハラとセットになっている。力があり立場が強いほうが弱いほうをいじめる。男と女の関係では、それはSМ行為に他ならない。地位を利用して女性をいじめて楽しむというのは、サドの男の、形を変えたSМプレイなんである。
 他人を力で押さえつけ、支配することで快感を味わえば、それはクセになる。だから一度セクハラをやったらやめられない。つまり痴漢と同様、依存症の一種なのだ。よほど痛い思いをさせない限り、セクハラはやめさせられない——というのがぼくの考えだ。

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