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2018年11月26日 (月)

活字ポルノは永遠に

 ぼくが最初はSМポルノ、やがて官能小説を書くようになってン十年たった。刊行された著作も二百冊を越えた。最近は本が売れなくなる、いわゆる「出版不況」が深刻になり、ぼくの作品が発表されるペースも落ちてきた。
「そりゃそうだ。手っとり早く興奮して抜けるオナニーのネタを探すなら、ネットでいくらでも見つけられるエロ画像やエロ動画を見ればいい。もうエロ小説の時代は終わった」なんて、活字ポルノを見限る意見はあちこちで目につく。なんともヤル気を無くさせる言葉だ。ある程度、言ってることは正しいだけにね。
 しかしそんな時、ぼくはかつてネットで知り合った読者の一人を思い出すことにしている。それはデビューして間もなく発表した『養女』という作品についてのこと。自分の実の娘ではない少女をSМ奴隷にしてしまう、今で言えば身も蓋もない「継子を性的虐待する鬼畜インテリ男」が主人公の物語。当時は官能小説の分野でもそういったジャンルの作品が少なかったせいか、けっこうよく売れた。
 それからずいぶん時を経て、同じ作品が別の出版社から刊行された(復刻版(ふっこくばん)という)。すると一人の読者がネットで質問してきた。「あの作品は書き換えたんですか。削って短くしてません?」
「いや、全然そんなことしてないよ」と答えると「実は、高校生の頃、あの『養女』の一シーンでものすごく興奮させられて、今でも記憶に残っている部分があったんです。もう一度読みたいと思っていたので、再刊されたというので買ったら、その部分、ごく短い文章にされてるので、びっくりしたんです。絶対削ったはずです」
 驚いたのはこっちもだ。その部分は湖でボート遊びをした男が、ボートの中で養女に放尿させるシーンなのだが、原文は二行たらず。書いた本人が確かめたのだから間違いない。ところがその読者は、そのシーンを、恥じらう養女が下着をおろし継父の目の前で放尿するまで一部始終を何十行もの文章として覚えているというのだ。船底に跳ね返った尿のしずくがキラキラ輝く光景までありありと思い浮かべられるという(そんなこと書いてない)。
 高校生だった読者は、わずか二行の文章の文字の裏に何十行分もに値する情景を想像力でつけ加えて中年になってもそう覚えていたわけだ。こういう想像力の持ち主がいるかぎり、活字ポルノは永遠だと、ぼくは力づけられるのだ。
 

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