2017年6月 8日 (木)

ピストン停止で中イキ

 トランプ大統領とメラニア夫人ほどではないが、ずっと年下の恋人を得てラブラブだった友人が、ご機嫌で電話をかけてきた。
「いやー、いろいろ苦労したけれど、ようやく中イキさせることが出来たよ!」
 そりゃ大変けっこうなことだ。中イキ、つまり膣の中を刺激されて味わうオルガスムスは、すべての女性が体験できるわけではない。統計によって差はあるが、多くても半分、少ないほうでは3分の1という確率。
 男としては中イキさせてやりたいと必死になって頑張るけれど、イカない女性は途中で醒めてしまったり、痛いだけになったり、仕方なくイッたふりをして終りにしてもらう場合が多い。「私はそういう体質じゃない」と、はやばやと諦めてしまう女性もいる。
 友人の恋人も、彼と知りあう前から一度も中イキを経験していなくて、半分諦めていたらしい。彼もベッドインするたび、バイアグラを服用してせっせとがんばったのだが、いつもいいところまでいくのだが、最後のほうで彼女が引いてしまう。そういう状態が長く続いたようだ。
 ところがある時、挿入していつものようにピストン運動を始めようとしたら、彼女が「まだ動かないで」と頼んだという。彼女もどうしてそんな頼みを口にしたのか分からないが、なんだか結合した状態をじっくり味わってみたくなったようだ。
 だから友人も深く結合したまま強く抱きしめてジッとしていると、ペニスがウニョウニョと包みこまれるような感じがしてきたという。優しくフェラチオされる感覚かな。とにかく彼女の膣のヒダヒダが自然に動きだして締めつけたり緩めたりし始めたのだ。
「彼女も『こんなの初めて!』と驚いていたけれど、おれに動かないでそのままでいてくれというので、おれも動きたいのをガマンしてジッとしていた。そうしたら突然、強く感じ始めてね、おれの上に跨がる形になって自分から腰を使いだしたんだ。それまでのセックスではそんなふうに自分から動くなんてことはなかったんだけどね」
 結局、彼女が猛烈に乱れてきたところで彼が激しいピストン運動を加えると、突然彼女は大声をあげてのけぞり、オルガスムスに達してしまったという。
「男は彼女の中に入れたら、ひたすらピストン運動することばかり考えている。逆にジッと動かさないことで彼女の膣のどこかが目覚めたんだろうなあ。いやあ女の体は神秘的じゃ!」
 友人はそう感動していたけれど、確かにそういうことはぼくも経験している。ピストンするだけがセックスじゃないんだね。

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羞恥心は作られる

 先々週、このコラムで『浮世絵の謎がとけた!』という記事を書いた。それを読んだSMマニアの知人が「しみじみ江戸時代に生まれなくてよかったと思ったよ!」と感想を伝えてくれた。
 記事を要約すれば「江戸時代までの日本人は男も女も裸というのを特に意識しなかった。だから混浴も気にしなかった。そういう環境だとふつうのヌードでは刺激にならないので、極端に性器を誇張したポルノ絵画が興奮剤として求められるようになった」というもの。元ネタは『裸はいつから恥ずかしくなったのか』(中野明、筑摩書房)だ。
 くだんのSМマニア氏は、実は露出プレイが大好きで、自分のパートナーに極端なミニスカートを穿かせたり、人のいるところでノーパン姿を晒させたりして、彼女が恥ずかしがる姿を見て興奮して喜んでいる。もちろんパートナーの女性も、そう強いられることで興奮して、お互い激しく燃えるというわけだ。
 しかし江戸時代、そもそも裸が珍しくないのだから、羞恥プレイというのが成立しない。「もしタイムスリップで江戸時代に行ったら、あんまりつまらないので死にたくなるだろう」と彼は述懐していた。そりゃそうだろうなあ。
 そこで彼は首を傾げて「江戸時代って、たった百五十年前だろ。明治維新になったら、急にみんなが恥ずかしがりだしたというのが分からないね」と言うのだ。確かに、明治時代から戦前まで、女性のヌードというのはなかなか拝めなかった。明治の中頃、黒田清輝という洋画家が裸婦を描いて展覧会に出品したら、下半身を幕で隠された——なんてこともあった。江戸が終わってたった二、三十年で、日本人の裸に対する意識は百八十度方向転換してしまったのである。
 その理由はネタ元の本にも書かれているが、「外国人に野蛮な国だと思われないように」という意図で、政府が必死になって法律を作って混浴や公共の場で裸を禁止し、学校教育で「裸を見せるのは恥ずかしいことだ」とガンガン教えこんだからなのだ。つまり、人間の羞恥心というのは本来そなわるものではなく、親や教師や政治家が強制するから身につくものなんだねえ。戦前はそれがかなり行き過ぎた状態になっていた。SMマニア氏は「戦前なら露出プレイは命がけ。今ぐらいがちょうどいいな」と言っていたけどね、皆さんはどう思う?

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少女性愛人形は受け入れられるか

 セックスのタブーはずいぶんと解禁されるようになったが、今だに厳しい批判が浴びせられるのが小児性愛(いわゆる幼児ポルノ)だ。未成年の少年少女に性的な誘惑をしかけ、自己の欲望を満たそうとする大人は、現代社会では間違いなくモンスター扱いされ、そういう趣味を持っているとバレただけで社会的な批判にさらされ、弾圧される。
 最近も松戸のベトナム少女殺害事件があったりして、小児性愛者に対する風当たりはますます激しくなるだろう。しかし、そういうさなか、「これはむずかしい」と思わせる問題が、外国メディアから指摘されている。
 東京の郊外にある「T」(特に頭文字だけ記す)という工場から、小児性愛者向けの少女人形が製作、販売されいることがアメリカの雑誌『ジ・アトランティック』で紹介され、衝撃が広まったのだ。
 メーカーの代表者は同誌のインタビューに答えて「小児性愛者の欲望を、合法的に、そして倫理的に表現できるように手助けしている」と述べた。この発言は小児性愛者を批判する勢力からいっせいに非難を浴びせられた。「この人形を認めることは、小児性愛を正当化してしまう」という理由からだ。オーストラリアなど幾つかの国の団体はこの少女人形の輸出を禁止せよと叫んでいる。
「いったいどんなものか」と『T』のサイトにアクセスして「作品」を見て驚いた。うーん、メーカーがアートだというのも分かるけれど、その完成度はものすごく高い。一体70万円というお値段だが、もっと安ければ「ぼくも欲しい」とつい思ったぐらいだ。
 代表者はBuzzFeed Japanのメールインタビューにこう答えている。
「多くの小児性愛者と呼ばれる人達は、怪物などではなく、良き市民であり遵奉精神を持っています。だからこそ、彼らは現実世界では法を守り、自己を抑制しコントロールしています。そして自己の欲望の制御の一環として、私の造る人形を始め、創作の世界での欲望の解消を求めているのです」
 つまり、小児性愛という欲望を持った人を完全に抑圧するのではなく、その存在を認め、彼らの欲望をコントロールするための手段としての少女人形だというわけだね。その言わんとするところは、エロを商売にしてきたぼくにも分かるのだが、しかし、世の親たちに通じるだろうか。『T』の人形がこれから、どのような扱いを受けることになるのか、あるいは社会に受け入れられるのか。これは気になる問題だ。
 

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覗きバイブにご用心

 最近、やけに目につくようになったのが、IoТという言葉。「アイオーティー」と読み「モノをインターネットでつなぐこと」を意味する。インターネットはこれまでパソコンやスマホのような情報端末につながれ、人と人をつないでいた。その一方がモノになったのがIoT。
 たとえばひとり暮らしのおじいさんのポットに組み込まれ、それが使用されると離れたところにいる息子の家に「いまポットが使われたよ」という情報が伝えられる。それで家族は「ああ、元気でお茶を飲んでるいるな」と安心できるわけだ。今ではタクシーの配車とかコンビニの在庫管理などに無くてはならないシステムになっている。デパートでは常連のお客さんが入り口から入ってくると、すぐに顔を認識し、過去の買い上げデータから推測して「ただ今、○○がお安いです」などというセールス情報をスマホに送るシステムも開発されている。
 となれば当然、エロ方面のIoTも発明されるわけで、たとえばバイブレーターなどのアダルトグッズにはとっくに搭載され売られている。
 スマホを使ってる人は分かるだろうけど、インターネットにはWi-Fi(ワイファイ)ルーターというのをオフィスや家のなかに設置して、スマホは無線でつなぐ。バイブもそれと同じで、Wi-Fiルーターを介してパソコンや誰かのスマホと情報のやりとりをする。つまり離れたところから恋人がバイブを操作するなんてことが可能になる。
 ところがイギリスのセキュリティ会社があるIoTバイブを調べたら、バイブに取り付けられたカメラの映像や音声が内部のWi-Fiルーターによって近所のルーターに届き、簡単に見られてしまうことが分かった。ということは、そのバイブを使って楽しんでる姿が隣人たちにバッチリと覗かれるってこと。悪意のある人間がいたらひどい目に合うこと間違いなし。セキュリティ会社は警告を発して、ユーザーはみんな驚いた。商品名はわざと書かないけど、このバイブ、通販で日本でも簡単に買えるらしい。
 さあ、えらいことになってきた。今では隠しカメラと発信装置を小さなモノに隠すのは簡単だ。たとえば誰かからプレゼントされたぬいぐるみのなかにIoTカメラを仕掛けられたら、知らないうちにプライべートな部分を全部覗かれてしまう。IoT製品が便利だなんて喜んでばかりはいられない。ご用心ご用心。

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浮世絵の謎がとけた!

『裸はいつから恥ずかしくなったのか〜「裸体」の日本近代史』(中野明、筑摩書房)という本を読んでみた。著者は、百五十年前、日本にやってきた外国人が、公衆浴場で混浴する男女や、家の中でも外でも、公共の場でも、裸体を平気でさらす人々に驚き呆れ、それに関する多くの記録を残していることに関心を抱いた。最初の部分は、そういった記録、文献をていねいに調べてゆく。そこで分かったのは、幕末期までの日本人は、本当に「はだか」でいることを何とも思わなかったのだということだ。公衆浴場=銭湯は混浴が当たり前で、興味をもった外国人が入りこんできても誰も驚いたり騒いだりせず、平気で見られるがままでいたという。
 ペリー提督ら外国人は、裸体を人に見られることは恥ずかしいことだと思う文化(つまり今の日本人と同じ文化)で育っているから、混浴が当たり前の銭湯や、庭先で平気で行水する民衆の風俗に仰天してしまった。本気で「日本人ほど淫らな国民はいない」と軽蔑する外国人もいた。いや実際、この書を見れば、今の日本人も呆然としてしまう。銭湯から全裸で帰宅するのは当たり前、若い女性が人に見られながら水浴したり行水しながら、近所の若者たちと平気で会話し、若者たちも特に女性たちの裸体を意識していない様子が描かれている。信じられない風習の時代があったのである。
 著者はこの時代の裸体についての感覚は「顔の延長」だったと指摘する。顔を見ても見られても誰も気にしないと同じように、幕末期までの日本人は自分や他人の裸体のことを、そんなに気にしなかった、意識しなかったのだ。いや、実におおらかで、何となく楽しい時代だったのだねえ。
 しかし裸体を気にしない文化は一つの問題を生じる。つまり裸体だけでは男女共に性的な興奮を覚えないという事態だ。そこで、寝床などで性欲を高めるためには、単に裸になるだけでなく、特別な仕掛けが必要になる。著書は、それが浮世絵(の中でも春画と呼ばれるポルノ絵)だと言う。なるほど、浮世絵で描かれる巨大なペニスやヴァギナや、精密に描かれた陰毛などは、無茶苦茶、デフォルメされ誇張化され、猥褻感をもたらすように描かれている。それはふつうの裸では、当時の日本人は何も感じなかったからなんだねえ。どうしてあんな描きかたをするのだろうと不思議だったが、その理由が分かった。「嘘だろ」と思う人はこの本、読んでみて。

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マニキュアがレイプを防ぐ

 最近は街を歩いてると、必ずネイル・サロンというのが目につく。女性の指にマニキュアをしてくれるところだが、今や単に色を塗るだけではなく、さまざまな宝石を貼り付けたり絵を描いたり、ネイル・アートと称するようになったらしい。
 ぼくは女性の爪にはまったく関心がなく、どんな趣向で塗ろうと飾ろうと注目することはない。長く伸ばした爪も苦手で、きちんと短く切った爪のほうが好きだ。触ってもらうことを考えると、余計なことはしてほしくない。まあ男の自分勝手な考えだけれども。
 そんなぼくが「これはすごい」と思ったのは、アメリカで近々発売されるという特殊なマニキュアのこと。見ただけではごくふつうのピンクや赤い色なのだけれど、ある薬物に触れると黒くなる。何のためにそんなものが発明されたかというと、アメリカの女性の多くが被害にあっているデートレイプを防ぐためだというのだね。
 デートレイプというのは、会ってすぐ、女性を襲うレイプ。バーや食堂で出合った女性が、初めて会った男性と話しているうち、ドリンクに薬物を入れられて泥酔状態になり、介抱を装った男に連れ去られ、あとは言いように弄ばれてしまう、という鬼畜な行為だ。
 使われる薬物は無色透明、無味無臭のものが多いので、どんなに注意しても発見するのは難しい。今やアメリカの若い女性4人にひとりがデートレイプの被害者じゃないかというぐらい、犯行が増えているという。これじゃおちおち、外で酒も飲めないではないか。
 そこでアメリカの大学生が考えたのが、薬物検査薬の入ったレイプ防止マニキュアというアイデア。「あやしい」と思ったドリンクを飲む前に爪をそっと浸してみる。色が変化したら相手はレイプする気なのだ。すぐに警察に通報して逮捕だ!
 薬物もいろいろあるので、それに対応してマニキュアの成分も変えなきゃいけない。それでも「安心してお酒を飲みたい」という女性たちの要望は強いから、このレイプ防止マニキュア、完成したら売れるのではないか、と言われている。
「へえ、アメリカってそんなにひどいのか」と驚く日本人だって安心していられないよ。一昨年だったか盛り場で女子学生が昏睡してバタバタ倒れた事件があったが、あれも誰かが飲み物に薬物を投入したと思われている。女性に勧められた酒を呑んで昏睡し、身ぐるみ剥がれるサラリーマンもいる。日本もこういう撃退グッズが必要とされる時代なんだよ。

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痴漢という誘惑

 先日、知人と会う予定で出かけたら、相手が大幅に遅れてやってきた。痴漢のせいで電車が途中でストップしたという。JRのどこかの駅で、痴漢をした男が捕まりそうになって、追跡を逃れてプラットホームから線路に飛び降り、線路伝いに逃げたのだ。おかげで後続の電車まで長いこと運転停止になってしまい、乗客は大変な迷惑をこうむった。彼もプンプン怒っていた。
 ネット上にはすぐ、乗客がスマホで撮影した犯人の逃げる姿がアップされていた。結局逃げおおせたみたいだが、被害者や周囲の人間に顔を見られているのだから、これからはビクビクしながら電車に乗ることになる。
「しかし、捕まれば社会的な非難を浴びて、職も家庭も失なうことになる。どうしてそんな危険を犯して痴漢なんかやるのかなあ」と、知人は不思議がっていた。ぼくは「そいつはたぶん、地方出身で、女性にモテない期間が長かったやつだろうな」と答えた。つまりずっと昔のぼく自身みたいな奴だ。
 地方出身のぼくは東京の大学に進み、下宿から通学していた。最初に驚いたのは朝の通勤通学ラッシュだった。ぎゅうぎゅう詰めの電車やバス。ヘタなところに乗ったら目的の駅で降りられない。乗るのが怖かった。
 しかしある程度慣れてくると「通勤ラッシュも悪くない」と思うようになった。それは若い女性や色っぽい女性と肌が密着する機会がいっぱいあるからだ。髪や肌の匂いが、まだガールフレンドが出来ない若者を刺激する。もちろん初夏から盛夏にかけてどんどん衣服は薄くなり、柔肌の感触も悩ましく伝わってくる。どうしたって「もっと触りたい」と思ってしまう。
 しかしまあ、それだけで痴漢になる男はいない。痴漢にハマるにはもう一つの偶然が必要なのだ。それは「触られてもイヤがらない」ように思える女性と触れ合った時だ。
 まあ99パーセントの女性は痴漢に出合ったらイヤだと思う。しかしそれを言動に現わせない女性も何割かいる。たいていは気の弱い女性で、ただ拒否反応を起こせないだけなのだが、それを「この女は触られるのを喜んでいるのじゃないか」と錯覚する。その錯覚が痴漢への扉を開けてしまうんだねえ。
 それを言うと知人は「ははあ、おまえはそういう経験があったんだな」とニヤニヤ笑ったものだ。いや、まあ、そうなんだけど、ぼくは思いとどまった。地方出身で通勤ラッシュを初めて経験する若者たちよ、痴漢への扉を開けてはいかんよ。

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中折れ対策は鼻呼吸だ!

 先日、あるところでAV男優の田淵正浩さんと言葉を交す機会を得た。田淵さんはいま50歳だが、年に300本ものAVに出演している。これまで相手にした女優さんは8千人をゆうに越える。黒いスーツをびしっと着こなし清潔感あふれるヘアスタイル、落ち着いた態度に話しかたは、どこから見ても一流のビジネスマンだ。
 その田淵さんがこのほど、『男の作法』(徳間書店)なる本を出した。聞けば「自分で編み出した中年男性のためのセックス鍛練法」をまとめたものだという。「どういうことが書かれているのですか」と問うと「一番大事なポイントは、セックスの最中、口を開けないということです。口を開けてセックスをするとパワーがそこから抜けてしまう。鼻で呼吸し口を閉じて行なえば、中折れなど起きなくなります」という答。
 中折れというと中年以後の男性にとっては大きな悩みの種だ。どんなに絶倫の精力を誇っていても、必ず「中折れの壁」にぶち当たり自信を喪失する。一度経験すると「今度は大丈夫か」と心配になり、二度続いたりすると「おれはもうダメだ」と絶望してしまう。そういう大問題の解決法を、田淵さんはサラリと「鼻呼吸すれば大丈夫」とアドバイスしてくれるのだ。何せ当代一流のAV男優が編み出した技法なのだ。信用するしかないではないか。
 ともあれ『男の作法』を購入して読んでみた。まず驚いたのは、若い頃の田淵さんは虚弱な体質で、一度射精するとヘロヘロになって、性的なパワーの乏しさに悩んでいたということ。そこでいろいろな健康法や健康食を試したあと、ある鍼灸師さんに出合い、その教えを守るとたちまち抜群のパワーを得た。『男の作法』は、その教えに自分なりの鍛練法を加えて完成させた『田淵メソッド』をていねいに説明している。
 最も重要だと言われた「口を閉じ鼻で呼吸せよ」という、目からウロコが落ちるようなテクニックばかりでなく、女性を相手にする時の精神的な心がまえまでを伝授してくれる、実にすばらしい本である。ぼくは「もっと若い頃にこの教えと出会っていたならなあ」と、非常に残念な思いを味わったことだよ。いま現在、中折れに悩み、女性を充分に満足させられないという不満を抱いている中高年男性は、ぜひとも田淵さんの教えを学んで欲しい。まるで宣伝みたいだけど違うよ。ぼくの言うことを信じるのだ!

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2017年3月27日 (月)

ホテルが怖くなる本

 最近出版された『覗くモーテル観察日誌』(ゲイ・タリーズ、文藝春秋)というノンフィクション本には驚かされた。
 ゲイ・タリーズは『汝の隣人の妻』などのベストセラーを発表した有名なジャーナリスト。1980年、コロラド州デンバー市に住む男から手紙をもらう。「私は自分の経営しているモーテルの各部屋に覗き穴を設け、そこから客に知られることなくプライベートな動向、特にセックスのありさまを観察してきました。興味がおありならこれまでの記録をお見せしたい」という内容。タリーズは半信半疑で現地に飛び、そこでジェラルド・フースという人物に会い、モーテルの仕掛けまで見せてもらう。平屋のモーテルの屋根裏を通路として、各部屋の天井に通気孔に見せかけた覗き穴を作り、好きな時に好きなだけ、客たちの行動を監視しできるようにしてあった。タリーズは実際にそこからカップルのセックスを覗かせてもらった。
 フースという人物は少年時代、近くに住む叔母夫婦の寝室を覗き見し、全裸で歩き回る叔母の姿に魅せられてオナニーを繰り返し、覗き魔になってしまった。その欲望を満たしたいために、わざわざ覗き見しやすい構造のモーテルを買い、経営者になったというから、その情熱には驚かされる。
 さらに驚くのは、彼は結婚し子供もいたが、看護師をしていた夫人も説き伏せ、自分の趣味に協力させたこと。つまり夫婦そろって覗きの欲望を満足させていたのだ。時には眼下のセックス行為を見ながら自分たちもセックスしたという。そうやって何百人ものカップルの行為——なかにはオナニーや近親相姦や獣姦やグループセックスや殺人もあった——をフースは日記に詳しく記録し、それを全部、タリーズのもとに送りつけたのだ。引退したあと、老齢のフースはそれらを公開することを許可した。それをまとめたのがこの本で「覗き」に興味がある人(ぼくも大好きだ)はぜひ読むべきだろう。
 フースは自分の行為を反省などせず「現代の人間のほうがあらゆる場面で覗かれている」とうそぶく。確かに今は覗き穴など作らなくても精巧な盗撮カメラをどこにでも取り付けられ四六時中の録画も可能だ。それが仕掛けられた宿泊施設はいろんなところにあるのだろう。日本だってきっとある。それを考えるとラブホなんか利用するのが怖くなるよ。しかしフースの記録はぼくのようなエロ作家には非常に参考になったなあ。
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スパンキングはお好き?

 ぼくはSМ好きが高じてSМ小説を書くようになった男だが、SМプレイのなかで何が好きかと言われれば、ためらうことなく「スパンキング」と答える。相手のお尻を露出させて掌や定規やスリッパやベルトなどで打ち叩く行為がスパンキングね。
 残念なことに、日本ではスパンキングプレイは主流ではない。日本のサディストたちは多く縄でぎりぎりと女体を縛りあげ、ねちねちと下腹部をいたぶるのを好む。スパンキングに熱中するマニアのための情報はいたって少ない。残念である。
 これが欧米になると全然違う。ネットで検索すればスパンキングマニアのサイトやブログは無数にある。この違いはいったいどこから来るのだろうか。
 ぼくが考えるのは、やっぱり子供に対する親の躾け方によるのだと思う。欧米の親たちは幼児の頃から言うことをきかない子を容赦なくスパンキングする。お尻は少々強く叩いても深刻なダメージを与えることはない。それでもかなり痛い。子供たちに言うことをきかせる効果は高い。そういう育児文化からスパンキングを楽しむ男女がいっぱい生まれてくるのだろう。
 叩かれる時はパンツを下ろされ、お尻を丸出しにされるから恥ずかしい。そして痛い。しかしそれが子供たちのマゾヒズムを目覚めさせて、叩かれる方(スパンキーという)のマニアに成長させるわけだ。
 では、叩く方(スパンカーという)のマニアはどうやってでき上がるのか。成長してから誰かが叩かれる光景を見て興奮し、ハマってしまう例もあるだろうが、叩かれてもスパンカーになることが分かっている。スパンキングに関する調査で「スパンキングをしても効果は長続きしない。かえって反抗的になる」ことがわかってきた。つまり、叩かれることで子供の攻撃性がかえって増長してしまうのだね。あのヒトラーは、子供の頃、厳格な父親の前で丸裸にされ、鞭で尻をこっぴどく叩かれる躾けを受けて育った。つまり度を越した体罰はその子の性格をサドにもマゾにも歪めてしまうということだ。
 その点、あまり叩かれないで育った日本の男女は、スパンキングにあまり興味を持つことなく育ってしまう。これはスパンキングマニアとして非常に困るのだ。世の親は子供たちのお尻を泣くまでひっぱたいて躾けなさい。でなきゃ私のスパンキング小説が売れないじゃないか。……って何を言ってるのだおれは。
(画像は参考イメージ)
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