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2011年1月

2011年1月12日 (水)

陋屋の火災

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正月の2日、朝から上空をヘリがぶんぶんと飛ぶ。近所には米軍麻布ヘリポートがあるので、それなのかと思って腹を立てながら眠っていたが、起きてみて近所で火災があったとテレビニュースで知った。
空撮した情景から位置が分かった。
一軒家が焔に包まれている。まるでキャンプファイヤーの薪のようにバリバリ燃えている。
「えッ、あの家は……!?」
私の住まいから国立新美術館まで、住宅地のなかを歩いて10分ほどだが、その手前、5〜6分ぐらいの場所にある家。そこは前からすごく気になっていた。

二年前の正月、散歩の途中、前に建っていた家が取り壊されてようやくその陋屋が目についた。
最初はどうしたって廃屋だと思ったが、どうやら人が住んでいるらしいと知った時は衝撃だった。
それから一年、住人がいながら火を発した。あれだけの陋屋なら火の回りが早いのも当然だ。ほとんどアッという間に焼け落ちたに違いない。
ニュースによれば、老人夫婦の二人暮しで、八十七歳の夫は逃れたが、八十一歳の妻は焼死体で発見されたという。
すぐ近くの四、五軒のマンション、アパートに延焼したようで、マンションの3階から逃げ遅れた住人がはしご車で救出されるもようをテレビニューズがやっていた。

火事となると弥次馬と化す私だが、気づいた時は鎮火していたし、死者も出たというので意欲が失せた。翌三日、確認のために行ってみた。やはりあのアパートだった。
柱を数本残して跡形もない。
これほどの陋屋にひっそりと老後を送っていた夫婦はどのような人生を歩んだのだろうか。
それを思うと粛然とした気持になり、死者のために合掌せざるをえなかった。
以下に私のmixi日記からその陋屋を発見した経緯を抜粋しておこう。

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【これほどの陋屋】2009年1月5日


Photo


以前から陋屋に関心があった。
廃屋寸前という感じで、しぶとく人が住んでいるのが陋屋。
見捨てられてしまい手がかけられなくなったら、それが廃屋。
探せばホームページのどこかに陋屋を集めたページがあるはずだ(自分で作っておいて、どこにあるか分からなくなってしまった(*_*;))

街を歩いていて「これは廃屋だな、これは陋屋だな」と鑑別?してゆき、陋屋と確認できた場合は「陋屋度」というのを採点しておく。最高点は99。(100になれば、それは廃屋だ)
これまで95点ぐらいが最高だった。ほとんど廃屋なんだけれどもなんとか住み暮らす最低の努力をしているランク。
今日見つけたのは、ほとんど99。わが陋屋採集記録でもベストワンだ。

いつもの散策路だった。これまで目に止まらなかったのは、建物に囲まれていたからだ。ほとんど囲繞地(いにょうち)にある。居住者がどのようにしてこの建物にたどり着いていたのかは不明だ。
それが最近になって、西と南の建物が相次いで取り壊され、見晴らしがよくなったことで、その姿を見ることが出来るようになった。


2_2


いや、最初は驚きました。
建築工事用のシートで作られた応急のフェンスが張り巡らされていて、その上から見るもおぞましいような崩れかけた、いや、崩れてしまっている屋根や壁をもつ木造二階建てが見えた。
「うわわ、ここまでの廃屋というのも珍しいぞ」
呆れはてて角度を変えて写真を撮ってから、念のためシートの隙間から覗きこんでみた。

「おお、なんと……!」

入り口の戸板に新年を賀すお飾りが。(*o*;)


Photo_2


いや、いくらなんでも住んではいないと思う。
思うけれども、壊さないでおいているのだから物置のようなものに使っているのだろう。ちゃんと管理されている(これを管理というのかどうか難しいが)証拠が正月のお飾りである。
だから廃屋ではない。陋屋度99点の陋屋なのである。

しかし……、どうしてここまでの状態になるまで保存しているのだろうか。何かよほど壊せない事情があるのだろうか。
消防署警察署などはどう考えているのだろうか。

ここは港区六本木。一等地とまではゆかないが二等地ぐらいではある(少し谷底になっているので)。地価だってバカにはならない。せいぜい十数坪ぐらいだろうが、数千万円にはなる。
たぶん係争物件になっているのだと思うが。
うーむ……。
この建物がいつまで姿をとどめるだろうか。


それから3週間後の1月29日には、こういう記述。

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それから、こないだ見つけた「究極の陋屋」がどんな様子かを見に行ってみた。
前回見つけたお飾りは外してあったが新しい発見。

洗濯物が干してある。

物置がわりかな、と思っていたが、やはりここに住んでいる人がいるんだ。
住人が末永く安楽に暮らせることを祈願せずにはいられなかった。でも大きな地震がきたらアウトだろうな。

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この陋屋では去年2010年もしめ飾りを飾ったのだろうか。
そして今年も……?

この陋屋にとどめを刺したのは地震ではなく、火事だった。
生き残った老人はこれからどこでどうやって生きてゆくのかなあ。

改めて死者に合掌。

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